ここ最近数ヶ月、製薬・バイオ業界では、ひとつひとつの取引規模が「1,000億円を軽く超える」ような大型ディールが立て続けに発表されています。ニュースを追っているだけでも目が回りそうですが、個別ニュースとして消費してしまうと、全体像や「どこにお金が集まっているのか」が見えにくくなりがちです。
本シリーズでは、「ここ最近数ヶ月」にフォーカスしながら、大型ファーマディールをテーマ別に整理し、その背景にある戦略や今後の潮流を読み解いていきます。第1回となる本記事では、まず全体像のマップ作りに集中し、次回以降のオンコロジー編・肥満/代謝編・呼吸器/感染症/血液編・投資家/スタートアップ向け編へとつなげていきます。
1. なぜ「ここ最近数ヶ月」に絞って振り返るのか
まず最初に、「なぜ1年ではなく、ここ最近数ヶ月に絞っているのか?」という点を簡単に整理しておきます。
1-1. ニュース性と分析のバランスが取りやすい
1年間のディールをすべて俯瞰しようとすると、どうしても件数が多くなりすぎて、「最近の傾向」よりも「歴史のまとめ」のような印象になってしまいます。一方で、1ヶ月だけに絞るとサンプル数が少なく、「たまたまこの月に起きた出来事」に引きずられやすくなります。
そこで本シリーズでは、ニュースとしての鮮度を保ちつつ、ある程度の件数から「潮目」を読み取れるバランスを重視し、「ここ最近数ヶ月」のディールを素材にしています。投資家・研究者・事業開発担当の方にとっても、「今どこにマネーが動いているか」を直感的につかみやすいレンジです。
1-2. 連載シリーズとして継続しやすい時間軸
「ここ最近数ヶ月」のディールを、一定の間隔で振り返る形式にしておくと、将来的に「2025年後半の大型ファーマディール」「2026年前半のメガディール」といった形で、時間軸に沿ったアーカイブを作りやすくなります。
個別の記事としても読み切りやすく、かつシリーズ全体として「四半期〜半年ごとの定点観測」として機能させることができます。本シリーズも、そうした「定点観測コンテンツ」のひとつになればと考えています。
1-3. 深堀りと読みやすさの両立
本シリーズでは、第2回以降で「オンコロジー」「肥満・代謝」「呼吸器・感染症・血液」といったテーマごとにかなり踏み込んだ解説を予定しています。そうした深掘り記事を何本も並べることを考えると、対象期間を1年に広げてしまうと情報量が過多になり、読み手にとっても書き手にとっても負担が大きくなります。
「ここ最近数ヶ月」という時間幅は、ディールの数としても負担が少なすぎず、かつ深堀りの余地を残せる、ちょうど良いサイズ感と言えます。
2. 本記事で取り上げるディールの範囲と前提
次に、本シリーズで主にフォーカスするディールの範囲と前提条件を整理しておきます。
2-1. 目安は「総額10億ドル級」以上のディール
本シリーズでは、主に以下のような規模感のディールを対象とします。
- 総額ベースで10億ドル(約1,500億円)前後〜それ以上のディール
- M&A(買収)だけでなく、大型ライセンス/共同開発・戦略提携も含む
- Upfront+マイルストン+ロイヤルティなどを含めた「最大総額」で評価
もちろん、実際の価値は「最大総額」だけで語れるものではなく、upfrontの厚み、オプション条項、共同開発や共同販売のスキームなどを含めて見ていく必要があります。そのため第5回では、投資家・事業開発担当者向けに、ディール条項の読み解き方を改めて整理する予定です。
2-2. M&Aとライセンスディールの両方を対象にする理由
大型ディールというと、つい「買収額○○億ドル」といったヘッドラインが目に飛び込んできますが、近年のファーマディールでは、純粋なM&Aだけでなく、以下のようなスキームも非常に重要になっています。
- グローバルライセンス+共同開発+共同販売
- 特定地域(例:Greater China 以外)の権利をライセンスアウト
- オプション付き提携(一定条件での買収オプションなど)
こうしたライセンス・提携型のディールは、表面上の「買収額」としては見えにくいものの、総額では数十億ドル規模になることも珍しくありません。Takeda–Innovent のような案件は、その典型例です。このため、本シリーズではM&Aとライセンスディールの両方を「大型ディール」として扱います。
2-3. 領域・モダリティの切り口で整理する
単に「企業名×金額」で並べるだけでは、ディールの意味合いは見えてきません。本シリーズでは、主に以下の切り口で整理します。
- 疾患領域別:オンコロジー、肥満・代謝、呼吸器、感染症、血液など
- モダリティ別:抗体医薬、ADC、二重特異抗体、in vivo CAR-T、RNA、経口バイオ医薬など
- 戦略的ポジション:ポートフォリオの穴埋めなのか、新規成長軸の創出なのか
第1回の本記事では、こうした切り口の「全体マップ」を共有し、次回以降の個別テーマ回で掘り下げていきます。
3. 金額規模から見る「メガディール」の全体像
ここ最近数ヶ月で目立つのは、「10億ドル級」を超えるメガディールが、複数の領域・複数の企業から同時多発的に出ているという点です。ざっくりとしたイメージを掴むために、規模感から眺めてみましょう。
3-1. 100億ドル級:企業丸ごとの大型買収クラス
まず、100億ドル級のディールとしては、以下のような案件が挙げられます。
- Novartis – Avidity Biosciences 買収:RNAをベースとした遺伝性神経・筋疾患向けパイプラインを一括して取り込む戦略的ディール。
- Pfizer – Metsera 買収:肥満・代謝領域でのGLP-1系候補をまとめて取り込むことで、急成長する肥満市場に再参入するための大きな一手。
- Merck – Verona Pharma 買収:COPD向けの新規吸入維持療法 Ohtuvayre(ensifentrine)を軸とした呼吸器ポートフォリオ強化。
- Merck – Cidara Therapeutics 買収:長期作用型の新規インフルエンザ予防薬 CD388 を取り込むことで、感染症ポートフォリオの多様化を図るディール。
いずれも「単一のフラッグシッププロダクト+周辺パイプライン」をいっきに取り込むことで、今後10年レベルの成長ドライバーを確保しようとする動きです。特に、肥満・代謝、呼吸器、感染症といった領域は、オンコロジーほど「1症例あたりの価格」が高くない一方、患者数が多く、長期的な売上の積み上げを期待しやすい領域でもあります。
3-2. 30〜50億ドル級:特定アセット集中型の買収
100億ドル級ほどではないものの、30〜50億ドル級の買収ディールも目立ちます。その代表例が、
- Roche – 89bio 買収(pegozafermin):FGF21アナログを中核とした、MASH・脂質代謝・心腎リスク領域の強化。
ここで注目したいのは、MASH(代謝性肝疾患)や肥満・脂質代謝・心血管リスクといった「肥満周辺のリスククラスター」に対して、メガファーマ各社がアセットを積極的に買いに行っている点です。GLP-1単体ではなく、「肥満+心血管+肝疾患+腎疾患」までを含んだCVRMパッケージとして捉えた動きと見ることができます。
3-3. 10〜30億ドル級:ライセンスディールを含む「じわじわ効いてくる」ゾーン
さらに、10〜30億ドル級のディールになると、純粋なM&Aに加えて、ライセンス・共同開発ディールが存在感を増してきます。
- Takeda – Innovent:PD-1/IL-2αバイアス二重特異抗体(IBI363)および CLDN18.2 ADC(IBI343)に関するグローバル戦略提携。
- Chugai – Rani Therapeutics:RaniPill®プラットフォームを用いた経口バイオ医薬の開発・商業化に関するライセンス契約。
- CSL – VarmX:FXa阻害薬服用中の患者のための止血治療 VMX-C001 に関する戦略的提携と買収オプション。
これらは、単一のプロダクトや技術プラットフォームに対する「大きめの賭け」でありつつも、M&Aのように会社全体を取り込むわけではない、機動的なオプション獲得型ディールと言えます。
4. 領域別マップ:オンコロジー・肥満・呼吸器/感染症/血液
ここからは、第2回以降のテーマにつながるように、領域別の「ざっくりマップ」を描いておきます。詳細はそれぞれの回で掘り下げますので、ここでは大まかな位置づけに留めます。
4-1. オンコロジー:in vivo CAR-T・ADC・二重特異抗体・経口バイオ
オンコロジー領域では、
- AbbVie – Capstan Therapeutics:in vivo CAR-T を含むプラットフォーム取得の大型買収。
- Takeda – Innovent:二重特異抗体+ADCを束ねたグローバル提携。
- Chugai – Rani Therapeutics:抗体を経口製剤化するプラットフォームとの提携。
といったディールが象徴的です。従来の抗体医薬や細胞治療に対して、
- より簡便な投与経路(経口化)
- より精緻な標的化(ADC・二重特異抗体)
- よりスケーラブルな細胞操作(in vivo CAR-T)
を実現する技術群に、明確に資金が集中していることがわかります。このあたりは、第2回でじっくり取り上げます。
4-2. 肥満・代謝・MASH:GLP-1の「次の一手」を巡る動き
肥満・代謝領域では、
- Pfizer – Metsera
- Roche – 89bio
といったディールが、いずれもGLP-1周辺/代替モダリティ+肥満と心血管・肝・腎リスクの複合管理という視点で位置付けられます。ここでは、
- GLP-1そのものへのキャッチアップ
- GLP-1の限界(副作用・適応制限など)を補完する新規アプローチ
- 肥満を入口として、心血管・肝疾患・腎疾患などを含む「CVRMパッケージ」化
といった複数のストーリーが絡み合っています。詳細は第3回で掘り下げます。
4-3. 呼吸器・感染症・血液:安定キャッシュフローとリスク分散
呼吸器・感染症・血液領域では、
- Merck – Verona Pharma(COPD)
- Merck – Cidara(長期作用型インフルエンザ予防)
- CSL – VarmX(止血領域)
が、いずれも「慢性または反復しやすい疾患で、広い患者層を対象にできる」という共通点を持っています。オンコロジーのような高単価の治療薬に比べると1症例あたりの売上は小さいものの、
- 患者数が多い
- 長期的に需要が続きやすい
- ワクチンや止血剤のように「保険的な意味合い」を持つ製品も多い
といった特徴から、ポストKeytruda/ポストHumira時代の「安定キャッシュフロー基盤」としての役割が期待されています。このあたりは第4回で詳しく見ていきます。
5. モダリティ別に見る「お金が集まる技術」
疾患領域と並んで重要なのが、モダリティ(薬の作り方・技術プラットフォーム)という視点です。ここ最近数ヶ月のディールをざっと俯瞰すると、特に以下のモダリティに資金が集まっていることが見て取れます。
5-1. 抗体医薬・二重特異抗体・ADC
オンコロジー領域では、二重特異抗体やADC(抗体薬物複合体)を軸としたディールが引き続き目立ちます。Takeda–Innovent のように、二重特異抗体とADCをセットで押さえにいく動きは、
- モダリティの組み合わせで、腫瘍選択性と治療効果の両方を高めたい
- 複数のモダリティを束ねた「オンコロジープラットフォーム」を構築したい
という両方の意図が読み取れる典型例と言えます。
5-2. in vivo CAR-T と細胞・遺伝子治療の「スケーラビリティ」
細胞療法の中でも、「患者から細胞を取り出して加工する」ex vivo型から、「体内で細胞を操作する」in vivo型へのシフトは、ここ最近数ヶ月のディールにも色濃く反映されています。AbbVie–Capstan のようなディールは、単一製品というより「プラットフォームへの賭け」という性格が強く、
- 製造コスト・スケールの課題を根本的に解決したい
- 自己免疫疾患など、がん以外の領域にも応用可能な技術を押さえたい
という、より長期的な視点の投資と見なすことができます。
5-3. RNA・経口バイオ医薬・新規投与ルート
Novartis–Avidity のようなRNA系プラットフォーム、Chugai–Rani のような経口バイオ医薬プラットフォームも、「投与ルート」という観点から見た重要な流れです。
- RNA治療:特定の遺伝性疾患・筋疾患などへの精密なアプローチ
- 経口バイオ:従来注射でしか投与できなかった抗体・ペプチドの経口化
これらは単なる「投与方法の置き換え」にとどまらず、患者のアドヒアランス向上や、医療提供体制そのものの変革につながるポテンシャルを持っています。
6. メガファーマ各社の共通パターンと違い
ここ最近数ヶ月の大型ディールを俯瞰してみると、企業ごとに若干の色合いの違いはあるものの、いくつかの共通パターンが浮かび上がってきます。
6-1. 「穴埋め」と「攻め」の両方を同時に進める
多くのメガファーマは、
- 既存のブロックバスター(例:免疫チェックポイント阻害薬、糖尿病薬など)の特許切れによる売上減少を「穴埋め」するディール
- 肥満・MASH・in vivo CAR-T・経口バイオといった、新たな成長軸を創出する「攻め」のディール
の両方を同時に進めています。呼吸器・感染症・血液といった領域は前者の「穴埋め・安定キャッシュ」寄り、肥満・オンコロジー・先端モダリティは後者の「攻め」寄りと見ることもできます。
6-2. 「自社で一から作る」のではなく「最適なパートナーを早めに押さえる」
もうひとつの共通点は、自社内でゼロから技術プラットフォームを育てるのではなく、既に一定の実績を持つバイオテックと組むというスタンスがかなり明確になっていることです。
- in vivo CAR-T → 専門バイオテックのプラットフォームをまとめて取得
- 経口バイオ → Raniのような技術特化企業と提携
- FGF21・GLP-1周辺 → 先行してデータを出しているバイオテックを買収
これは、技術の高度化・複雑化が進む中で、「すべてを自社内で抱え込む」モデルがもはや現実的ではない、という認識の裏返しでもあります。
7. ここ最近数ヶ月のディールから見える2025〜2027年の潮目
最後に、本記事のまとめとして、ここ最近数ヶ月の大型ディールから見えてくる「2025〜2027年の潮目」を、いくつかのキーワードに整理しておきます。
- キーワード1:肥満+CVRMのパッケージ化
肥満薬単体ではなく、心血管・肝・腎を含むリスククラスターとしてのDisease Area構築。 - キーワード2:オンコロジーにおける「次世代モダリティの競争」
二重特異抗体、ADC、in vivo CAR-T、経口バイオなど、既存の抗体医薬の上にさらにレイヤーが重なりつつある。 - キーワード3:安定キャッシュフローの再設計
呼吸器・感染症・血液といった領域で、次の10年分の安定収益源を再構築する動き。 - キーワード4:プラットフォーム&パートナーシップ主導
自社完結ではなく、バイオテックとのプラットフォーム提携やオプション付きディールが主流化。
第2回以降では、これらのキーワードを、オンコロジー・肥満・呼吸器/感染症/血液というテーマごとに、もう少し具体的なアセット名や企業名を挙げながら深掘りしていきます。
8. まとめと次回予告(第2回:オンコロジー編)
本記事では、ここ最近数ヶ月に発表された大型ファーマディールを題材に、
- なぜ「ここ最近数ヶ月」を切り取るのか
- どの程度の規模のディールを対象にしているのか
- 金額規模・領域・モダリティ別にざっくりどのようなマップが描けるのか
- メガファーマ各社の共通パターンと違い
といった点を整理しました。
次回(第2回)では、シリーズの中でも特に関心の高いオンコロジー領域にフォーカスし、in vivo CAR-T、二重特異抗体、ADC、経口バイオといったモダリティを中心に、具体的なディールとその背景にある戦略を深掘りしていきます。
オンコロジーの話題に興味のある方は、ぜひ次回もお付き合いください。
9. 今日の私の視点と今後の展望
ここ最近数ヶ月のディールを改めて俯瞰してみると、「どこが注目されているのか」というより「どこが注目されていないのか」を探す方が難しいほど、多様な領域とモダリティに資金が流れ込んでいる印象を受けます。オンコロジー、肥満・代謝、呼吸器、感染症、血液、そしてRNAや経口バイオなどの新しいプラットフォーム──どれも個別にニュースとしては追っていたはずなのに、一覧にしてみると「ここまで一気に動いていたのか」と改めて驚かされます。読み手の立場からすると、これだけの情報量を全部追いかけるのは現実的ではないからこそ、定点観測的に整理していくことの意味を強く感じます。
一方で、投資家やスタートアップの視点から見ると、「大型ディールが増えている=チャンスが増えている」と単純に喜べる話でもありません。メガファーマが本当に求めているのは、単なる「面白い技術」ではなく、自社ポートフォリオの穴を埋める具体的なピースであり、あるいは10年後の事業構造を変え得るプラットフォームです。その意味で、「この動きの中で自分たちはどこに位置づくのか」「どのタイミングで、どのような形のディールを目指すのか」を、こうしたグローバルディールの流れと重ね合わせながら考え続けています。本シリーズが、読者の皆さんにとっても、自分の立ち位置や次の一手をイメージするための小さな地図になれば嬉しく思います。
この記事はMorningglorysciences編集部によって制作されました。

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