ここ最近数ヶ月の大型ファーマディール総覧シリーズ第2回|次世代オンコロジー:in vivo CAR-TとADC・二重特異抗体・経口バイオの現在地

ここ最近数ヶ月の大型ファーマディールを眺めていると、オールラウンドにマネーが動いているように見えますが、その中でも最も「密度」が高いのがオンコロジー領域です。従来の抗体医薬や小分子に加えて、in vivo CAR-T、ADC(二重特異抗体を含む)、経口バイオ医薬といった次世代モダリティに対して、戦略的な大型ディールが相次いでいます。

本記事は「ここ最近数ヶ月の大型ファーマディール総覧シリーズ」の第2回として、オンコロジーにフォーカスし、特に象徴的な in vivo CAR-T、ADC・二重特異抗体、経口バイオ医薬の動きを整理します。第1回の全体マップで触れたトレンドを、オンコロジーに絞ってズームインしていくイメージです。


目次

1. なぜオンコロジーから深掘りするのか

1-1. 製薬企業にとって「最重要フロンティア」であり続けている

オンコロジーは、この十数年にわたり製薬企業にとって最重要の成長ドライバーであり続けてきました。免疫チェックポイント阻害薬に代表される免疫オンコロジー(IO)や、分子標的薬、CAR-Tといったモダリティが次々と市場に登場し、売上規模・開発パイプラインともに非常に厚い領域です。

それにもかかわらず、がんのアンメットニーズは依然として大きく、完全に飽和したとはとても言えません。標的が複雑で、耐性や再発の問題もつきまとい、治療法の「組み合わせ」と「順番」をどう設計するかも含めて、まだまだ試行錯誤が続いています。この「深さ」と「広さ」を併せ持つ市場構造が、オンコロジーへの継続的な大型投資を正当化していると言えます。

1-2. モダリティの競争が最も激しいフィールド

オンコロジーは、単に薬剤数の多い領域というだけでなく、モダリティの競争が最も激しいフィールドでもあります。ここ最近数ヶ月のディールでも、

  • 体内でT細胞をエンジニアリングする in vivo CAR-T
  • 腫瘍選択性と抗腫瘍効果を高める ADC(二重特異抗体を含む)
  • 患者負担と医療現場の運用を変えうる 経口バイオ医薬

といった新しいレイヤーが、従来の抗体医薬や低分子の上に積み重なるように登場しています。このレイヤー構造を理解することは、今後のオンコロジー開発や投資戦略を考えるうえで避けて通れません。


2. ここ最近数ヶ月で象徴的なオンコロジーディール

本記事では、オンコロジー領域の中でも特に「モダリティの変化」を象徴する以下のディールを念頭に置いて整理していきます。

  • AbbVie – Capstan Therapeutics:in vivo CAR-T を含む細胞工学プラットフォーム取得の大型買収
  • Takeda – Innovent:PD-1/IL-2αバイアス二重特異抗体+CLDN18.2 ADC を中核とするグローバル提携
  • Chugai – Rani Therapeutics:RaniPill® による抗体・ペプチドの経口投与プラットフォームを活用した多プログラム提携

これらはそれぞれ、「細胞療法のスケーラビリティ」「抗体・ADCの次世代化」「投与経路の変革」という異なる角度から、オンコロジーの未来像を照らしているディールです。順番に見ていきます。


3. in vivo CAR-T:細胞療法の次のステージ

3-1. ex vivo CAR-T の限界と、in vivo への発想の転換

従来の CAR-T 療法は、患者からT細胞を採取し、施設で遺伝子改変・増幅したうえで、再び患者へ戻す「ex vivo」型が主流でした。このアプローチは劇的な臨床効果を示してきた一方で、

  • 製造プロセスが複雑でコストが高い
  • 1人分ずつ製造するためスケールしにくい
  • 製造施設・人材の確保がボトルネックになりやすい

といった課題がありました。そこで注目されているのが、体内でT細胞を標的化・改変する in vivo CAR-T です。ナノ粒子やウイルスベクター等を用いて、患者の体内に存在するT細胞を直接エンジニアリングすることで、

  • 製造コスト・リードタイムの削減
  • より広い患者層への適応
  • がん以外の自己免疫疾患などへの応用

といった新しい可能性が開かれます。

3-2. AbbVie – Capstan ディールの戦略的意味合い

AbbVie による Capstan 買収は、この in vivo CAR-T アプローチを本格的に自社ポートフォリオへ取り込むための「プラットフォーム獲得型」のディールと捉えられます。注目すべきポイントとしては、

  • 単一のプロダクトではなく、「複数の適応症に展開可能なプラットフォーム」としての価値にフォーカスしていること
  • オンコロジーに加え、自己免疫・炎症性疾患など、がん以外への応用余地も見込まれていること
  • 製造・サプライチェーンの構造が大きく変わる可能性を含んでいること

が挙げられます。これは、現行の ex vivo CAR-T の課題を単に「部分的に改善する」のではなく、そもそものアーキテクチャを変えてしまおうとする動きとも言えます。

3-3. in vivo CAR-T が発展したときの業界インパクト

もし in vivo CAR-T が臨床的にも商業的にも成立した場合、インパクトは非常に大きなものになります。

  • 患者ごとに個別製造するモデルから、より「バッチ型」に近いモデルへの移行
  • 製造設備・人材のボトルネック緩和による、適応患者数の拡大
  • がんに限らない、多様な免疫関連疾患への展開

といった変化が期待されます。一方で、オフターゲット効果や長期安全性、体内での遺伝子編集をめぐる規制など、新たな課題も生まれます。ここ最近数ヶ月のディールは、こうした課題も含めて「次の段階」に進む決意表明とも読めます。


4. 二重特異抗体とADC:PD-1/IL-2αとCLDN18.2 に見る次の標準

4-1. Takeda – Innovent:バックボーン+ターゲットの組み合わせ

Takeda と Innovent の提携は、PD-1/IL-2αバイアス二重特異抗体(IBI363)と CLDN18.2 ADC(IBI343)を中核とする大型ディールです。ここには、

  • 免疫系を再活性化するバックボーン(PD-1/IL-2α)
  • 腫瘍選択性の高い標的(CLDN18.2)に薬物を届けるADC

という、性質の異なる二つのモダリティを組み合わせる構図が見て取れます。二重特異抗体によって T細胞応答を賦活しつつ、ADCによって特定の腫瘍に高濃度で薬物を届ける——重層的な攻め方を同時に確保しているイメージです。

4-2. 二重特異抗体のどこに価値があるのか

二重特異抗体は、単純に「ターゲットが2つだから強い」という話ではありません。重要なのは、

  • 2つの標的分子の空間的・時間的な関係を、分子設計レベルで制御できること
  • T細胞リクルート型やシグナル調整型など、モード・オブ・アクションをデザインできること
  • 併用療法ではなく、1つの分子として「機能を束ねる」ことにより、投与スキームをシンプルにしうること

といった点です。PD-1/IL-2α のような組み合わせは、免疫反応の「アクセルとブレーキ」を同時にチューニングするようなイメージで捉えることもできます。

4-3. CLDN18.2 ADC と「部位特異的ながん」の捉え方

一方、CLDN18.2 は主に胃がんや膵がんなどで高発現が知られている標的であり、この標的を狙うADCは「部位特異的ながん」を分子レベルで切り出すアプローチとも言えます。従来の化学療法や放射線ではどうしても周辺正常組織へのダメージが避けられませんでしたが、

  • 標的発現の高い腫瘍細胞にだけ高濃度の薬物を届ける
  • 薬物の種類(ペイロード)を工夫することで、耐性や副作用プロファイルを調整する

といったADCの特性は、こうした消化器がんの治療に新たな選択肢をもたらしつつあります。Takeda–Innovent のディールは、この流れをグローバルなスケールで押さえにいったものと見ることができます。


5. 経口バイオ医薬:投与経路が変わると何が変わるのか

5-1. Chugai – Rani:RaniPill® プラットフォームの意味

Chugai と Rani Therapeutics の提携は、一見すると「希少疾患向け抗体の経口化」というニッチなテーマに見えるかもしれません。しかし、根底にあるのは、

  • これまで注射でしか投与できなかった抗体・ペプチドを、カプセル形式で経口投与する
  • 患者のアドヒアランスやQOLを大きく改善しうる
  • 医療現場の運用(外来・点滴室のキャパシティ等)にもインパクトを与える

という、投与経路の変革です。RaniPill® のようなプラットフォームは、オンコロジーに限らず多くの領域で応用が期待されますが、特に長期投与が前提となる慢性疾患や、外来での投与回数が多い治療に対しては、価値が分かりやすくなります。

5-2. なぜオンコロジーにとっても重要な動きなのか

オンコロジー領域では、抗体やADCの点滴投与が標準的になっている一方で、

  • 通院の負担
  • 医療機関側のリソース制約
  • 長期投与に伴うライフスタイルへの影響

といった課題があります。特に、術後補助療法や、寛解維持を目的とした長期治療などでは、「効くかどうか」だけでなく「続けられるかどうか」が極めて重要になります。もし一部の抗体やペプチドが経口化されれば、

  • 患者の通院頻度を減らすことができる
  • 医療現場のリソースを、より重症の患者に振り向けられる
  • 長期的な治療継続率を高められる

といった効果が期待されます。ここ最近数ヶ月のディールは、オンコロジーにとっても「投与経路の再設計」が現実的なテーマになりつつあることを示しています。


6. 3つのモダリティに共通する戦略的テーマ

in vivo CAR-T、ADC・二重特異抗体、経口バイオ医薬——一見バラバラに見えるこれらのモダリティには、いくつかの共通するテーマがあります。

6-1. 「効き目の強さ」だけでなく「扱いやすさ」も含めた価値設計

従来のオンコロジー開発では、

  • 腫瘍縮小率や無増悪生存期間のような「効き目」の指標

が最重要視されてきました。もちろん今でもそれは変わりませんが、ここ最近のディールを見ると、

  • 製造コストやスケール
  • 投与経路・頻度と患者QOL
  • 医療提供体制への負荷

といった「扱いやすさ」を含めた価値設計が重視されていることが分かります。in vivo CAR-T は製造とスケールの問題を、経口バイオは投与経路とQOLの問題を、それぞれ正面から取りに行くモダリティです。

6-2. 「レイヤーとしてのオンコロジー」

もうひとつの共通点は、これらのモダリティが「従来治療に取って代わる」のではなく、その上に重なる レイヤー として設計されていることです。

  • チェックポイント阻害薬の上に、二重特異抗体やADCが乗る
  • 既存の細胞療法の上に、in vivo CAR-T が新しい選択肢として加わる
  • 点滴抗体の上に、一部適応で経口バイオが追加される

オンコロジーの治療体系は、水平的に「置き換え」られるというより、垂直方向に「積み重なっていく」構造になりつつあります。ここ最近数ヶ月の大型ディールは、このレイヤー構造を先取りする動きと見ることができます。


7. 投資家・事業開発担当から見たオンコロジーディールの読み解き方

第5回で改めて詳しく触れる予定ですが、オンコロジーに絞って見ても、投資家や事業開発担当が意識しておきたいポイントはいくつかあります。

7-1. 単一プロダクトか、プラットフォームか

まず重要なのは、そのディールが主に単一プロダクトの価値に基づいているのか、それとも複数適応に展開可能なプラットフォームを見込んだものなのか、という観点です。

  • in vivo CAR-T や経口バイオは、典型的な「プラットフォーム型」ディール
  • 特定ターゲットを狙うADCは、「プロダクト寄りのプラットフォーム」として中間的な性格を持つ

この違いは、upfrontとマイルストンの配分、オプション条項の設計、共同開発の範囲といった条項にも反映されます。

7-2. どのレイヤーを取りに行くディールなのかを意識する

オンコロジーでは、先ほど触れた「レイヤー構造」がますます重要になります。ディールを評価するときには、

  • 既存治療の上に 追加するレイヤー なのか
  • 既存治療を 置き換えるレイヤー なのか
  • 今はニッチだが、将来的に 標準レイヤー に昇格しうるのか

といった点を見極める必要があります。たとえば in vivo CAR-T は、現時点では「実験的なレイヤー」かもしれませんが、長期的には標準的なレイヤーに近づくポテンシャルを持っています。


8. 研究者・臨床医・スタートアップにとっての示唆

最後に、ここ最近数ヶ月のオンコロジーディールが、研究・臨床・スタートアップそれぞれの立場にとってどのような示唆を持つか、簡単に整理しておきます。

  • 研究者にとって: 単一のターゲットやシグナル経路に閉じた発想だけでなく、「どのレイヤーに属するモダリティか」「既存治療との組み合わせでどう機能するか」を意識した研究設計が重要になりつつあります。
  • 臨床医にとって: 新しいモダリティが次々に登場する中で、「患者さんにどれだけの負担を強いるのか」「現実的に長期に続けられるのか」といった観点が、これまで以上に重要になっていきます。
  • スタートアップにとって: 「面白い技術」だけではなく、メガファーマのポートフォリオの中でどのレイヤーの穴を埋めるのか、あるいはどの新しいレイヤーを作り出すのか、というポジショニングが求められます。

こうした視点を持つことで、個別のディールを単なるニュースとして消費するのではなく、自分たちの研究・事業の「次の一手」を考える参考情報として活用しやすくなります。


9. 今日の私の視点と今後の展望

ここ最近数ヶ月のオンコロジーディールを眺めていると、「どのモダリティが勝つのか」という単純な勝ち負けの図式からは、すでに話が一段階進んでいるように感じます。in vivo CAR-T、ADC、二重特異抗体、経口バイオ医薬などは、互いに置き換え合うというより、少しずつ役割の違うレイヤーとして積み上がり、それぞれが異なる患者層や治療ラインにフィットしていくようなイメージに近いと思います。その意味で、これから重要になるのは「どのモダリティを選ぶか」だけでなく、「どの組み合わせで、どの順番で使うか」を前提に設計された開発戦略なのだろうと感じます。

一方で、臨床現場や患者の視点から見ると、選択肢が増えることは歓迎であると同時に、情報量の増大や治療決定の複雑化も意味します。だからこそ、開発側・投資側にいる人間は、エビデンスだけでなく、実際の診療フローや生活者としての時間の使い方まで含めてイメージしながらモダリティを選び、組み合わせていく必要があるのだと思います。本シリーズのオンコロジー編が、そうした「立体的な見方」の一助になればうれしく思います。

この記事はMorningglorysciences編集部によって制作されました。

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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