ここ最近数ヶ月の大型ファーマディールを、オンコロジー編・肥満/代謝編・呼吸器/感染症編・投資家サイド編と見てきました。最終回となる第6回では、いよいよスタートアップサイドの視点に立って、「どのような会社・プロジェクトが、大型ファーマにとって魅力的に映るのか」「どこまでを自分たちで進め、どこから先をパートナーに託すのか」というテーマを整理していきます。
ここで語るのは、「こういう会社なら必ず買われる」という万能レシピではありません。むしろ、ここ最近数ヶ月のディールに共通して見えるパターンを手がかりに、
- 買われることを前提に戦略を組むスタートアップ
- 最後まで独立性を保ちながら、戦略的な提携を駆使するスタートアップ
それぞれにとって役に立ちそうな「考え方のフレーム」をまとめていく回です。
1. なぜスタートアップは大型ファーマディールを細かく見るべきなのか
1-1. 「いつか」の出口ではなく、「今」逆算するための材料
多くの創薬・バイオスタートアップにとって、M&A や大型提携は最終的なイグジット候補のひとつです。ただし、それを単なる「いつか起きるかもしれない出口」としてではなく、今の意思決定を逆算するための前提として扱えるかどうかで、日々の戦略が変わります。
- どの段階まで自分たちでリスクを取りに行くのか
- どこから先は、グローバルな開発・販売ネットワークを持つパートナーに預けるのか
- どのライン(適応・モダリティ・地域)はあえて残し、どこを手放すのか
こうした決断をするための「現実的な相場感・パターン」を教えてくれるのが、ここ最近数ヶ月の大型ディールです。
1-2. 「自分たちの物語」がどのクラスターに属しているかを知る
シリーズ第2〜4回で見てきたように、ここ最近は特に、
- オンコロジー(分子標的・免疫・ADC など)
- 肥満・CVRM クラスター
- 呼吸器・感染症・希少肺疾患
といった領域に資本が集中しています。スタートアップ側からすると、自社のストーリーが、
- このどのクラスターの中で語られるのか
- そのクラスターの中で、どのモダリティ・どのポジションにいるのか
を把握しておくことが、メガファーマとの対話における「前提共有」になります。ディールのニュースは、単なる情報ではなく、ストーリーテリングの土台と見るべきです。
2. ここ最近数ヶ月のディールに共通する「買われるスタートアップ」の特徴
2-1. 単独ヒーローではなく「ポートフォリオのピース」になっている
大型ディールで買われるアセットは、単に「いい薬候補」であるだけでなく、
- メガファーマの既存ポートフォリオの「穴」を埋めるピース
- 中核フランチャイズ(オンコロジー、CVRM、呼吸器など)を強化する増幅器
- 将来のライフサイクルマネジメント(併用、ライン拡大)を見越した鍵になる存在
として位置付けられていることが多くあります。スタートアップの側からすると、
- 自分たちのプロジェクトは、相手のどのフランチャイズに「気持ちよくハマるのか」
- どの既存薬・開発中薬と組み合わせた時に、一番説得力のあるストーリーになるのか
を明確に描けるかどうかが、「声をかけられるかどうか」の初期ラインになります。
2-2. メカニズムの面白さだけでなく「開発リスクの整理」が進んでいる
ピュアなサイエンスとして面白いテーマであっても、
- 毒性・安全性の見通し
- ターゲットバリデーションのレベル感
- ヒトで効くかどうかのトランスレーションパス
が曖昧なままだと、「面白いけれど、今すぐは難しい」という扱いを受けがちです。最近のディールに出てくるスタートアップは、多くの場合、
- 早い段階からヒト由来データ(患者検体・バイオマーカー・初期試験など)を意識的に積み上げている
- 「何がまだリスクで、何がすでにクリアされたリスクか」を整理して示せる
という特徴があります。メカニズムの斬新さそのものよりも、「ここまでリスクを潰しました」という説得力が、ディールのタイミングを引き寄せます。
2-3. チーム構成が「やりたいこと」ではなく「やるべきこと」に沿っている
スタートアップは人材リソースが限られています。ここ最近のディール対象を見ると、
- 最初からフルセットの機能を自前で持とうとはせず
- 前臨床・CMC・初期臨床など、「自分たちでないと成立しない部分」に集中している
ケースが目立ちます。逆に、
- グローバル第3相を自前でやりきるにはあまりに重たい
- 世界の販売網を作るのは現実的ではない
と分かっている領域では、最初から「どこまでを自分たちで完結させるか」を明確に区切っていることが多いと感じられます。
3. 「出口から逆算した設計図」をどう描くか
3-1. フル買収か、段階的パートナーシップか
スタートアップにとっての「出口」は、必ずしもフルM&Aだけではありません。
- グローバルライセンス(アップフロント+マイルストーン+ロイヤルティ)
- 共同開発・共同販売
- 特定地域のみのライセンスアウト
- オプション付き提携(一定マイルストーン達成後に買収オプション行使)
それぞれにメリット・デメリットがあり、
- どのタイミングで全てを手放すのか
- どの地域・モダリティは最後まで自前で持ち続けるのか
といった設計を、シリーズA〜Bくらいの段階から仮説として言語化しておくことが重要です。ここ最近の大型ディールを見ると、「フル買収」だけでなく、「オプション+ライセンス+後日の買収」のような複線型の構造も増えています。
3-2. 「Phase 2 完了まで自前」か「Phase 1 の段階でパートナーか」
開発ステージとパートナーリングのタイミングは、資金調達戦略とも直結します。
- Phase 2 まで自前で走る → 希薄化は大きいが、ディール時のバリュエーションは高くなりやすい
- Phase 1 で早めにパートナーと組む → 希薄化を抑えつつ、リスク・コストをシェアできるが、上振れ余地は限定的
どちらが「正解」という話ではなく、
- ターゲット領域のディール相場
- 必要となる試験規模や期間
- 自社の資金調達力と、チームの経験値
を踏まえた上で、あらかじめ方針を決めておくかどうかが、日々の意思決定の迷いに直結します。
4. スタートアップが準備しておくべき「ディール対応パッケージ」
4-1. データパッケージ:ストーリーが一目で伝わるか
メガファーマとの初期ディスカッションでは、短時間で「何をやっている会社か」「何が特別か」を理解してもらう必要があります。そのためには、
- 1枚スライドで全体像が伝わるメカニズム図
- 前臨床データ・初期臨床データの「キーメッセージだけを抽出した」図表
- 競合比較(既存薬・開発中薬)を整理したマトリクス
などを、「いつでも出せる状態」にしておくことが重要です。ここ最近の大型ディールの裏側では、初期の数回のミーティングでどれだけクリアにストーリーが伝わったかが、その後のスピードを大きく左右していると考えられます。
4-2. IP・契約:あとから足を引っ張られない設計
どれだけサイエンスとデータが優れていても、
- コアIPの権利関係が複雑
- 共同研究先や元所属機関との契約で自由度が制限されている
と、ディール時に大きなディスカウント要因になります。スタートアップの立場からできることは、
- 早い段階から、コアIPの所有構造とライセンス範囲をシンプルに保つ
- アカデミアとの共同研究契約やMTAでも、将来の商業利用やサブライセンスの余地を意識しておく
ことです。「いざ買収となった時のデューデリジェンスで赤信号が出ないか?」という観点で、IPと契約をチェックしておくことは、地味ですが非常に重要です。
4-3. チームとガバナンス:買い手が安心できる体制か
ディールはプロジェクト単位に見えますが、実際にはチームとガバナンスも慎重に見られます。
- 重要なノウハウが特定の個人だけに依存していないか
- コンプライアンスや品質管理の基本ルールが整っているか
- ボード体制があまりに分裂していないか
といった点は、大型ディールの成否を左右することもあります。「いい化合物を持っている」だけでなく、「買った後にスムーズに統合できる会社かどうか」を意識した組織づくりが求められます。
5. 「買われるスタートアップ」と「独立を貫くスタートアップ」が分かれるポイント
5-1. 収益モデルとミッションの設計
スタートアップの中には、
- 最初から「特定領域のイノベーションを創ってメガファーマに渡す」ことをミッションとする会社
- できるだけ長く独立性を保ちながら、自前でパイプラインを積み上げる会社
の両方が存在します。どちらを選ぶかによって、
- どのタイミングで収益化を目指すのか
- 経営チームに求められるスキルセット
- 投資家の期待値と資金調達の設計
が大きく変わります。「どちらが偉い/正しい」ではなく、早い段階で自分たちの立ち位置を決めておくことが、ブレないメッセージングにつながります。
5-2. 「いつでも買われる準備」はしておくが、「いつでも売る」とは限らない
独立志向の強いスタートアップであっても、
- IP・契約の整理
- データパッケージの見せ方
- ガバナンスの整備
といった「いつでもディールに臨める準備」をしておくことは、決して無駄にはなりません。むしろそれらは、
- 次の大型ファイナンス
- 新しいパートナーシップ
においても直接役立つ資産です。「いつでも売れる状態」まで会社を磨き上げた上で、売るかどうかは自分たちで選ぶ——この順序を意識するだけで、スタートアップ側の交渉力は大きく変わります。
6. 実務的チェックリスト:スタートアップが明日からできること
最後に、スタートアップサイドの視点から、「明日からできる」チェックポイントをまとめておきます。
- 1. 自社ストーリーが、オンコロジー/CVRM/呼吸器・感染症など、どのクラスターで語られるかを明文化しているか。
- 2. メガファーマのどのフランチャイズ(領域・モダリティ)の「穴」を埋められそうかを言語化しているか。
- 3. 「どこまで自前でリスクを取るか」(Phase、地域、モダリティ)について、現時点の方針をチーム内で共有しているか。
- 4. ヒト由来データやトランスレーションのパスを、ピッチ資料の前半に置けているか。
- 5. コアIPの所有構造と将来のライセンス自由度について、専門家の目線で一度棚卸しを終えているか。
- 6. データパッケージ・競合比較・シンプルなメカニズム図を、「突然声がかかったときにすぐ出せる」状態にしているか。
- 7. ボード・株主構成・ガバナンスが、将来の大型ディールを阻害しない設計になっているか。
このあたりを一つずつ潰していくだけでも、「ディールが来たら慌てる会社」から、「いつ声がかかっても落ち着いて判断できる会社」へと変わっていきます。
7. 今日の私の視点と今後の展望
ここ最近数ヶ月の大型ファーマディールをスタートアップサイドから眺めると、「選ばれる会社」と「選ばれない会社」の差は、サイエンスそのものの優劣だけではないことがよく分かります。もちろん、サイエンスの質は前提として重要です。そのうえで、どこまでリスクを整理して見せられているか、相手のポートフォリオのどこにフィットするのか、将来の統合がどれだけスムーズに思い描けるか——そうした「周辺の設計」が、ディールの現実性を大きく左右しているように感じます。
一方で、スタートアップにとってのゴールは「買われること」が全てではありません。独立性を保ちながら、中長期的にパイプラインと組織を育てていく道も、同じくらい価値のある選択肢です。重要なのは、どちらの道を選ぶにしても、日々の意思決定を「なんとなく」ではなく、「自分たちなりの出口から逆算した設計図」に基づいて行うことだと思います。本シリーズの最終回が、その設計図を描き直す小さなきっかけになれば嬉しく思います。
この記事はMorningglorysciences編集部によって制作されました。
関連記事





コメント