第1回では、なぜ今ADC争奪戦が起きているのかを全体俯瞰し、モダリティとしての位置づけとプレイヤー構図を整理しました。
第2回では、抗体・ペイロード・リンカー・コンジュゲーションといった構造面から、第一〜第三世代ADCの違いを解説しました。
第3回では、パテントクリフとADC争奪戦を結びつけ、ビッグファーマの長期ポートフォリオ戦略という観点から分析しました。
第4回では、M&A、ライセンス、共同開発、CDMO契約などADCディールの構造と読み解き方を整理しました。
第5回となる本稿では、視点を「地理」と「プレイヤーの多極化」に移し、中国・アジア発のADCプレイヤーの台頭が、グローバルADC争奪戦の地図をどう変えつつあるのかにフォーカスします。
・中国やアジア発のADC企業は、なぜ短期間で存在感を増しているのか。
・欧米ファーマは、アジアADCをどうポートフォリオに組み込もうとしているのか。
・規制・品質・地政学リスクがある中で、どこまでグローバル展開が現実的なのか。
・日本の製薬企業・投資家は、この再編の中でどこにポジションを取れるのか。
入門者には「中国・アジアADCとは何か」を理解するための基本地図を、実務家には「アジアADCをどう評価し、どう付き合うか」の考え方の軸を提供することを目指します。
中国・アジアADCプレイヤーの台頭:何が起きているのか
「量」と「スピード」で存在感を増す中国ADC
まず、大きな流れとして押さえておきたいのは、中国発ADCパイプラインの急増です。
- HER2、TROP2、CLDN18.2など、グローバルで注目されている標的に対するADCが多数ラインアップ
- 同一標的に対しても、抗体・ドラッグ比(DAR)・ペイロード・リンカーを変えたバリエーションが並行して開発
- 中国国内の大規模がんセンターを背景に、症例集積と探索的試験が高速で進む
標的の選び方や構造設計の自由度に加え、臨床試験のスピードとコスト面の優位性もあり、 「数を打ちながら当たりを探す」戦略が機能しやすい土壌が整いつつあります。
韓国・シンガポール・インドなど「周辺エコシステム」の存在
ADCの話題では中国に注目が集まりがちですが、韓国・シンガポール・インドなど周辺エコシステムも重要です。
- 韓国:バイオ類縁技術・バイオシミラーで蓄積した経験をADCに展開、CDMO機能も強化
- シンガポール:多国籍企業のR&D拠点・臨床試験ハブとして、アジア・グローバル両方の橋渡し役
- インド:小分子・原薬合成の強みを活かし、ペイロード・中間体合成や低コストCMCの候補として台頭
こうした国々は、「中国ADC」と「グローバルファーマ」の間をつなぐ製造・開発・規制ハブとして活用されるケースも増えています。
中国・アジアADCの強み:なぜ短期間で存在感を増したのか
強み1:開発スピードとコスト構造
中国・アジアADCの最大の強みは、開発スピードとコスト構造です。
- 大規模な患者集団を背景に、単施設または少数施設でのPoC取得が比較的迅速
- 人件費や試験関連コストが欧米に比べて低く、探索的試験を多く回しやすい
- 同一標的に対して、構造バリエーションを同時に走らせる「並列開発」が現実的
その結果、標的×ペイロード×リンカーの組み合わせ探索が「量」で押せる環境が整い、 数年単位でパイプラインの厚みが増しているのが現状です。
強み2:標的バリエーションとローカル知見
もう一つの強みは、標的バリエーションとローカル知見です。
- 消化器がんや肝がんなど、アジアで症例が多い腫瘍種に対する臨床経験が豊富
- ローカルのバイオマーカー診断・レジストリとの連携により、サブグループを見つけやすい
- 一部の標的については、欧米より先に「実臨床レベル」での知見が蓄積しつつある
これは、ADCのみならず、ADC+ローカル診断技術といった形での一体展開にもつながり得るポイントです。
強み3:ディールフレンドリーな姿勢
多くの中国・アジアADC企業は、海外パートナーとの提携やライセンスを前提としたビジネスモデルを採用しています。
- 自社は中国・アジア権利を中心とし、欧米権利はライセンスアウト
- 臨床試験デザイン段階から「グローバル展開」を想定したプランニング
- CDMOや原薬供給を含めたパッケージで提案するケースも増加
その結果、地域限定ライセンス+共同開発・共同販促といったスキームが組みやすく、 欧米ファーマにとっても選択肢の1つとして検討しやすい状況が生まれています。
リスクと課題:グローバル展開の「現実的な壁」
課題1:CMCと品質・再現性
ADCは、小分子とバイオの両方の要素を持つため、CMCと品質管理のハードルが高いモダリティです。
- ペイロード・リンカー・抗体の一貫性と不純物管理
- スケールアップ時のプロセス変動とバッチ間変動
- 多拠点・多企業間での製造分担による品質標準化の難しさ
中国・アジアADCの中には、グローバル規制当局が求めるレベルに到達しつつある事例も出てきていますが、 全体としては「案件ごとに精査が必要」な段階と言えます。
課題2:臨床データの国際的受容性
臨床試験デザイン、エンドポイント設定、フォローアップの質なども、 グローバル承認や欧米・日本での適応取得を目指すうえでの重要な要素です。
- 単一国・単一人種中心のデータが、どこまでグローバルに外挿可能か
- 対照群設定・治療ライン・背景治療の違いをどう補正するか
- 安全性シグナルの検出力とフォローアップ期間の妥当性
これらは個別案件ごとの設計とデータクオリティ次第であり、 「中国発だから良い/悪い」といった単純な分類はできません。 しかし、投資家・パートナー側としては、この点を冷静に見極める必要があります。
課題3:地政学とデータ・技術移転のリスク
近年は、米中関係・輸出管理・データローカライゼーションなど、地政学的な要素も無視できなくなっています。
- 特定の技術・ペイロードに対する輸出規制や制裁リスク
- 患者データの越境移転に関する規制
- 知財保護・紛争解決メカニズムに関する不確実性
これらは、「ディールを組めるかどうか」だけでなく、 ディール締結後の実行可能性・レピュテーションリスクにも影響するため、 契約設計とガバナンスの段階から織り込む必要があります。
グローバルディール構造への影響:ADCの「多極化時代」
地域カーブアウト型ディールの増加
中国・アジアADCの台頭は、地域カーブアウト型ディールの増加という形で、グローバルディール構造に影響を与えています。
- 中国本土:ローカル企業が権利を保持し、ローカル規制を踏まえた開発・販売
- 欧米:ビッグファーマが権利を取得し、グローバル標準に沿った開発・販売
- 日本・その他アジア:ケースにより、中国側・欧米側のどちらか、または第三のパートナーが担う
この結果、「1つのADCが、地域ごとに異なるパートナー構成で展開される」ケースが増え、 開発戦略・製造戦略・ブランド戦略の設計がより複雑になっています。
「翻訳ハブ」としての第三国・第三プレイヤー
地政学的な緊張や規制の違いがある中で、第三のハブ的プレイヤーが注目されつつあります。
- シンガポールや韓国などでのグローバル臨床試験ハブ
- 日本や欧州を拠点とした品質・CMC・規制サポート
- CDMOとして韓国・インド・シンガポールが製造ノードを担う構図
こうした「翻訳ハブ」は、中国ADCと欧米ファーマの橋渡し役として機能し、 複数国・複数企業をまたぐADCエコシステムの一部を担う可能性があります。
日本企業・投資家にとってのポジショニング
ポジション1:品質・規制面の「信頼ハブ」としての役割
日本の製薬企業・CRO・CDMOは、品質・規制準拠・安全性評価の面で国際的な信頼を得てきました。 この強みをADC時代に活かすとすれば、
- 中国・アジアADC企業と欧米ファーマの中間に立つ「品質・規制ハブ」
- グローバル承認を見据えたブリッジング試験や追加安全性評価の場
- CMC最適化や製造再設計の受け皿となるCDMO機能
といったポジションが考えられます。
ポジション2:ターゲット・疾患ポートフォリオの再設計
中国・アジアADCが強みを持つ腫瘍領域と、自社が強みを持つ領域の重なり・補完関係を整理することで、
- 自社はどの疾患領域を自前でADC開発するのか
- どこをアジアADCとの提携やライセンスインで補完するのか
- どこを別モダリティ(二重特異抗体、細胞治療など)で戦うのか
といった戦略的な切り分けが可能になります。
ポジション3:投資家としてのアクセス戦略
投資家(事業会社CVC・独立VC・機関投資家)にとっては、 中国・アジアADCへのアクセス方法も多様化しています。
- 直接出資:特定のADCバイオテックへのエクイティ投資
- ファンド経由:中国・アジアバイオに強みを持つファンドへのLP出資
- 共同投資:欧米ファーマや他投資家と連携したシンジケーション投資
同時に、規制・地政学リスクやエグジットパス(上場市場・M&A候補)の現実性も勘案する必要があり、 「リスクをどう限定し、どの程度のアップサイドを取りに行くのか」というポートフォリオ設計が鍵になります。
今後5〜10年のADC地図:いくつかのシナリオ
シナリオA:一部の中国ADCが「真のグローバルメジャー」になる
一つのシナリオは、品質・CMC・臨床データの面で国際水準を満たした中国ADCが、 欧米・日本・アジアで承認・普及し、グローバルメジャー製品として定着するパターンです。 この場合、ADC競争は本当の意味で多極化し、プレイヤー地図は一気に塗り替えられます。
シナリオB:地域ごとの「ローカルADC」が並立する
別のシナリオは、地政学・規制・データ移転などの要因から、 地域ごとに異なるADCラインナップが並立する状態です。 中国本土で主流のADCと、欧米・日本で主流のADCが一致しない世界では、 グローバル試験や承認戦略も複雑さを増します。
シナリオC:ADCは「モダリティミックス」の一要素として安定化
いずれのシナリオでも、長期的にはADCがオンコロジーの中で「モダリティミックスの一要素」として安定化し、 二重特異抗体、放射線治療薬、細胞治療などとの組み合わせで使われていく可能性が高いと考えられます。 重要なのは、どの地域で、どの疾患領域で、ADCをどの程度の比重で採用するかという戦略設計です。
私の考察
中国・アジアADCの台頭は、「中国は速くて安い」「欧米は質が高い」といった単純な二項対立では捉えきれない段階に入っていると感じます。 案件ごとに品質・デザイン・データクオリティもばらつきがあり、グローバル承認レベルに達しているものもあれば、 ローカル市場に最適化されたものもあります。重要なのは、出自だけで評価するのではなく、 構造・データ・CMC・ポートフォリオ上の位置づけを総合的に見ることだと思います。
同時に、この多極化は日本にとっても「巻き込まれる側」ではなく、 翻訳ハブ・品質ハブ・ポートフォリオハブとして能動的に関わるチャンスでもあります。 中国・アジアADCと欧米ファーマの間をつなぐ役割をどう設計するか、 自社の科学・開発・製造・ファイナンスの強みをどこに位置づけるかによって、 ADC時代の存在感は大きく変わってくるはずです。
次回の第6回では、ADCと他モダリティ二重特異抗体、細胞治療、放射性医薬品など)の関係性に目を向け、 「ADCだけに依存しないオンコロジーポートフォリオ設計」について整理していきたいと思います。
本記事は、Morningglorysciencesチームによって編集されています。
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