第1回では、なぜ今ADC争奪戦が起きているのかを全体俯瞰し、モダリティとしての位置づけとプレイヤー構図を整理しました。
第2回では、抗体・ペイロード・リンカー・コンジュゲーションといった構造面から、第一〜第三世代ADCの違いを解説しました。
第3回では、パテントクリフとADC争奪戦を結びつけ、ビッグファーマの長期ポートフォリオ戦略という観点から分析しました。
第4回では、M&A、ライセンス、共同開発、CDMO契約などADCディールの構造と読み解き方を整理しました。
第5回では、中国・アジア発ADCプレイヤーの台頭とグローバルディール構造への影響、日本のポジションについて考察しました。
第6回となる本稿では、視点を「ADCと他モダリティの関係」に移し、ADCだけに依存しないオンコロジーポートフォリオをどう設計するかをテーマにします。
・ADCはどのような強み・限界を持ち、どのポジションで使うと合理的なのか。
・二重特異抗体(bispecific)、細胞治療(CAR-Tなど)、放射性医薬品(放射線標識抗体・α線薬剤)との役割分担はどう考えるべきか。
・「開発ポートフォリオ」と「ライフサイクル戦略」の両面から、ADCをどの程度の比重で組み込むべきか。
・投資家やコンサルタントは、モダリティミックスをどう評価し、どう助言すべきか。
入門者には「モダリティごとの違いと役割」を整理するための地図を、 実務家には「ADCバブルに飲み込まれないためのポートフォリオ思考」の出発点を提供することを目指します。
ADCは万能ではない:モダリティとしての強みと限界
ADCの強み:標的性+細胞内デリバリー+殺傷力
まず、ADCの強みを整理しておきます。
- 標的性:抗体による腫瘍選択性(ただし完全な特異性ではない)
- 細胞内デリバリー:リガンド結合→エンドサイトーシス→細胞内でのペイロード放出
- 高い殺傷力:従来の抗がん剤では到達しにくい細胞にも強力な攻撃が可能
- 診断バイオマーカーとの親和性:IHC等による標的発現評価と相性が良い
これにより、従来の抗体単剤や低分子化合物では十分な効果が得られなかった腫瘍種や、前治療歴のある患者にも新たな治療選択肢を提供しうる点が、ADCの「競争優位」となっています。
ADCの限界:安全性・耐性・コスト・製造複雑性
一方で、ADCには明確な限界も存在します。
- 安全性:オフターゲット毒性やクラス特有の有害事象(骨髄抑制、間質性肺疾患など)
- 耐性:標的ダウンレギュレーション、薬物排出ポンプ、DNA修復経路の活性化など
- コスト:開発費・製造費ともに高く、ペイロードやCDMOへの依存度も高い
- 製造の複雑性:バイオ+ケミカルのハイブリッドであり、サプライチェーン管理が難しい
このため、「ADCさえあればよい」ポートフォリオは、リスク集中の観点からも現実的ではなく、他モダリティとの組み合わせを前提に考える必要があります。
主な競合・補完モダリティ:役割分担の整理
二重特異抗体(Bispecific antibodies)
二重特異抗体は、「2つの標的を同時に認識する抗体」であり、代表例としてT細胞リクルーティング型bispecific(例:CD3×腫瘍抗原)が知られています。
- メリット:T細胞活性化による強力な殺細胞効果、固定用量投与が比較的しやすい
- デメリット:サイトカイン放出症候群(CRS)、投与管理の難しさ、一部で持続投与が必要
ADCとの関係で見ると、
- 同じ標的をADCで叩くのか、bispecificで叩くのかというポジショニングの違い
- 前治療歴や腫瘍負荷によって、より適したモダリティが変わる可能性
がポイントになります。ポートフォリオとしては、同一標的・同一疾患で「ADC版」と「bispecific版」を持つかどうかは慎重に検討すべきテーマです。
細胞治療(CAR-Tなど)
CAR-T・TCR-Tなどの細胞治療は、生きた免疫細胞を用いるモダリティであり、血液がんを中心に実績を積んできました。
- メリット:持続的な免疫記憶・長期寛解の可能性
- デメリット:製造コスト・物流、毒性管理、固形がんへの適用の難しさ
ADCとの関係では、
- 同じ標的(例:CD19、BCMAなど)でも、疾患ステージや患者背景によってどちらを優先するか
- ADCを前治療(debulking)として用い、その後にCAR-Tを導入するといったシーケンスの設計
といった視点が重要になります。
放射性医薬品・放射線標識抗体
放射性医薬品(特にα線・β線放出核種を用いた薬剤)は、「放射線を運ぶADC」のような位置づけとも言えます。
- メリット:短距離・高LETのα線などにより高精度の殺細胞効果が期待できる
- デメリット:製剤安定性、放射線安全管理、製造・流通の制約
ADCと比較すると、化学的ペイロードか放射線ペイロードかの違いであり、標的や腫瘍微小環境によって得意不得意が分かれます。 ポートフォリオとしては、同じ標的に対して「ADC版」と「放射線標識抗体版」をどう住み分けるかがテーマになります。
低分子・経口薬との関係
依然として、低分子経口薬は多くの腫瘍種で中核的な役割を担っています。
- 経口投与の利便性、長期維持療法のしやすさ
- コスト面・製造面のスケールメリット
ADCは「高価で強力な武器」であり、経口低分子は「長期戦を支える兵站」というイメージでポートフォリオ内の役割分担を考えるとわかりやすくなります。
ADCを組み込むポートフォリオ設計:3つのレベル
レベル1:疾患・標的レベルのマッピング
最初のステップは、疾患×標的×モダリティのマトリクスを整理することです。
- どの疾患領域で、どの標的が臨床的・生物学的に意味を持つのか
- その標的に対して、ADC/bispecific/細胞治療/低分子のどれが理論的にフィットするか
- 既存標準治療との組み合わせ・前後関係はどう設計しうるか
この段階では、「すべてADCで取りに行く」発想ではなく、最適なモダリティを冷静に選び分けることが重要です。
レベル2:ライフサイクルとシーケンス設計
次に、ライフサイクルと治療シーケンスの観点からADCを位置づけます。
- ファーストラインからADCを投入するのか、セカンド・サードラインで使うのか
- 同一標的でADC→bispecific→細胞治療とシーケンスするのか、あるいは別標的に切り替えるのか
- 耐性や毒性が出た場合の「出口戦略」と、次の治療オプションの確保
ADCは「最後の切り札」として使うのか、「比較的早い段階で腫瘍負荷を一気に下げる武器」として使うのかによって、 必要とされる安全性・効果のプロファイルも異なります。
レベル3:企業レベルのリスク・リターン管理
最後に、企業レベルの観点から、モダリティごとの投資配分とリスク管理を検討します。
- パイプライン全体に占めるADCの比率(本数・投資額・人的リソース)
- 内部開発ADCと外部ライセンスインADCのバランス
- ADC以外のモダリティにどの程度リソースを配分し、将来のオプション価値を持たせるか
ここでは、「ADCに張り過ぎない」ことが中長期の安定性につながるという逆説も意識しておくべきです。
投資家・コンサルタントから見たモダリティミックス評価
問い1:その企業のモダリティプロファイルは偏っていないか
投資やアドバイザリーの観点では、まず「ADC偏重になっていないか」を冷静に見る必要があります。
- 短期的にはADCニュースで株価が動きやすい
- 長期的には、他モダリティとのバランスが成長の持続性を左右する
特に、パテントクリフ対策としてADCを大量に導入している企業では、2030年代以降のADCパテントクリフも視野に入れた議論が必要になります。
問い2:モダリティごとの「出口」が設計されているか
各モダリティについて、成功/部分成功/失敗時の「出口」が設計されているかどうかも重要です。
- ADCが期待通り伸びなかった場合に、何でポートフォリオを支えるのか
- 逆にADCが想定以上に成功した場合、他モダリティへの投資をどう維持するか
こうした「if-then」の思考が整理されている企業は、モダリティミックスのリスク管理が比較的うまくいく傾向があります。
私の考察
ADCが注目を集める局面では、「とにかくADCに乗るべきだ」という空気が生まれやすくなりますが、中長期的にみると、単一モダリティへの過度な集中はリスクでもあります。 同じ標的や疾患領域に対しても、ADC二重特異抗体、細胞治療、放射性医薬品、低分子経口薬のいずれが最適かは、腫瘍生物学・臨床現場・ヘルスエコノミクスの観点から異なる答えが出てきます。 だからこそ、ポートフォリオの設計段階から「どこまでをADCで取りに行き、どこからを他モダリティに任せるのか」を明確にしておくことが重要だと感じます。
また、ADCの成功は、他モダリティを駆逐するのではなく、むしろ「組み合わせ」と「シーケンス」の設計余地を広げる方向に働きます。 これからのオンコロジー開発は、単一モダリティの技術競争というよりも、モダリティ同士の相互作用を理解し、患者ごとの最適な組み合わせと順番を見つける競争になっていくはずです。 ADC時代をどう生かすかは、ADCの開発力だけでなく、全体設計の目線をどこまで高く持てるかにかかっている、と個人的には考えています。
次回の第7回では、本シリーズの総まとめとして、2025年時点のADC争奪戦の到達点と、2030年前後を見据えたシナリオを整理し、 「ADCバブルのその先」を展望していきたいと思います。
本記事は、Morningglorysciencesチームによって編集されています。
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