第1回では、なぜ今ADC争奪戦が起きているのかを全体俯瞰し、モダリティとしての位置づけとプレイヤー構図を整理しました。
第2回では、抗体・ペイロード・リンカー・コンジュゲーションといった構造面から、第一〜第三世代ADCの違いと技術進化を解説しました。
第3回では、パテントクリフとADC争奪戦を結びつけ、ビッグファーマの長期ポートフォリオ戦略の中でADCがどう位置づけられているかを分析しました。
第4回では、M&A、ライセンス、共同開発、CDMO契約などADCディールの構造と読み解き方を整理しました。
第5回では、中国・アジア発ADCプレイヤーの台頭とグローバルディール構造への影響、日本のポジションについて考察しました。
第6回では、二重特異抗体薬・細胞治療・放射性医薬品など他モダリティとの関係から、ADCだけに依存しないポートフォリオ設計を検討しました。
最終回となる第7回では、これまでの議論を「2025年時点の到達点」と「2030年前後を見据えたシナリオ」としてまとめます。
・2025年のADC争奪戦は、どこまで進み、何が次の論点になっているのか。
・2030年前後に向けて、ADCはオンコロジーの中でどのような位置に落ち着いていくのか。
・製薬企業、バイオベンチャー、投資家、コンサルタントは、それぞれ何を準備しておくべきか。
・「バブル」で終わらせないために、どのような視点でADCと付き合うべきか。
入門者にはシリーズ全体の「復習」として、実務家には2030年代を見据えたディスカッションの叩き台として読んでいただける構成にしています。
2025年時点のADC争奪戦:到達点の整理
1)エンハーツ後の世界:ADCの「証明」は済んだ
まず押さえておきたいのは、ADCというモダリティ自体の有効性は、既に十分に「証明済み」だという点です。 特にエンハーツの登場とその適応拡大は、
- アンメットニーズの高い患者集団に対して、ADCが実際にアウトカムを動かしうること
- 適応拡大・ライン拡大を通じて、市場ポテンシャルが想定以上に広がりうること
- 規制当局側も、一定の枠組みのもとでADCを受け入れる姿勢を示したこと
を象徴的に示しました。もはや「ADCは本当に効くのか」という段階ではなく、「どの患者に、どのタイミングで、どのADCを使うべきか」という議論に移っています。
2)パテントクリフとADCの「橋渡し」機能
第3回で見たように、多くのビッグファーマは2020年代後半〜2030年代前半にかけて大型製品のパテントクリフを迎えます。 その中でADCは、
- オンコロジー売上の「谷」を埋めるブリッジ
- 新規モダリティとしての「成長エンジン」
- プラットフォームを通じた次世代パイプラインの出発点
として位置づけられています。一方で、2030年代には現在のADC群自体がパテントクリフを迎えることも、既に織り込まれつつあります。
3)ディールの大型化と構造の複雑化
第4回で整理したように、ADC関連ディールは
- 総額・アップフロントの大型化
- 単一品目ではなくポートフォリオ・プラットフォームを含む取引
- 地域カーブアウトや共同開発・共同販促を組み合わせた複雑な権利構造
が一般的になってきました。「ADC1本を買う」というより、「ADCプラットフォームとその将来オプションを束で押さえる」発想へのシフトが見られます。
4)中国・アジアプレイヤーの台頭と多極化
第5回で述べた通り、中国・アジア発のADCプレイヤーは、
- 開発スピードとコスト構造の優位性
- 標的バリエーションとローカル疾患知見
- ディールフレンドリーなビジネスモデル
を武器に短期間で存在感を増しています。これにより、ADC競争は米欧中心から多極化へと向かい、 ディール構造も地域カーブアウト型が増えるなど、地政学・規制要因を強く意識せざるを得ない状況になっています。
5)モダリティミックスの中でのADCの位置づけ
第6回で扱ったように、ADCは
- 二重特異抗体薬
- 細胞治療(CAR-Tなど)
- 放射性医薬品・放射線標識抗体
- 低分子経口薬
と並ぶ複数モダリティの一角として定着しつつあります。つまり、ADCの競争は他ADCとの競争であると同時に、「どのモダリティで戦うか」の選択の一部として位置づけられています。
2030年前後を見据えたADCシナリオ:3つのパターン
シナリオ1:ADCが「基幹モダリティ」として定着する世界
1つ目のシナリオは、ADCが2020年代の勢いを保ったまま、2030年前後にはオンコロジーの「基幹モダリティ」として定着する世界です。
- 主要ながん種において、何らかのADCが標準治療の一部に組み込まれる
- 適応拡大・ライン拡大が進み、「腫瘍内科医の処方リスト」に複数ADCが常時並ぶ
- ADCプラットフォームを持つ企業が、オンコロジー戦略の中心プレイヤーとなる
このシナリオでは、ADCの成功が他モダリティの開発を駆逐するのではなく、「組み合わせ・シーケンス」の前提として組み込まれることになります。
シナリオ2:ADCが「特定ニッチと組み合わせ」に収れんする世界
2つ目のシナリオは、ADCが一定の成功を収めつつも、
- 毒性・耐性・コスト・製造複雑性
- モダリティ間競争(例:二重特異抗体薬や細胞治療の進歩)
などの要因から、特定のニッチ適応やコンビネーションの文脈で主に使われるモダリティとして収れんするパターンです。
- 「前治療が限られる腫瘍」「バイオマーカーで明確に層別化できる集団」で強みを発揮
- 一部の領域では他モダリティが主役となり、ADCは2番手・3番手的位置づけ
この場合でも、市場規模は小さくないものの、「何でもADCで」という発想は後退します。
シナリオ3:ADCの波が一巡し、「第二世代モダリティ群」の一角になる世界
3つ目のシナリオは、2030年代に入る頃には、ADCが免疫チェックポイント阻害薬や初期CAR-Tと同様、「一度大きな波を経験したモダリティ」として位置づけられ、
- 次世代ADC(新規ペイロード・新型リンカー・完全新規標的)
- ADC+分子標的薬+免疫療法などの多剤併用
といった形で「第二ラウンド目」の競争が始まる世界です。このとき、初期ADCの成功・失敗から得られた教訓が、 より精緻な患者選択・試験デザイン・ポートフォリオ設計に反映されていると考えられます。
ステークホルダー別:今から準備しておくべきこと
1)製薬企業:ADC戦略を「ポートフォリオ設計」として再定義する
製薬企業にとって重要なのは、ADCを「個別プロジェクト」ではなく「ポートフォリオ設計の一部」として再定義することです。
- どの疾患領域で、どの標的に対してADCを優先するのか
- 二重特異抗体薬・細胞治療・放射性医薬品などとの役割分担をどう設計するか
- 自社内開発とライセンスイン/M&Aのバランスをどう取るか
「注目されているからADCをやる」のではなく、モダリティミックス全体の中でADCにどう意味を持たせるかが問われます。
2)バイオテック:ポジショニングと「出口」の描き方
ADCバイオテックにとっては、
- どの段階まで自社で開発を進めるか(前臨床/フェーズ1/フェーズ2…)
- どのタイミングで、どのパートナーと組むのが最も価値を最大化するか
- 単一ADCだけでなく、ペイロード・リンカー・コンジュゲーションなどプラットフォーム技術としてどう整理するか
といったポジショニングと出口戦略が重要になります。特に、中国・アジアプレイヤーとの競合・協業をどう捉えるかは、2020年代後半の大きなテーマです。
3)投資家:ADCエクスポージャーの「量と質」を管理する
投資家にとってADCは、短期的にはリターンポテンシャルの高い領域である一方、バリュエーションのボラティリティや地政学リスクも無視できません。
- ポートフォリオ全体に占めるADC関連投資比率をどうコントロールするか
- プラットフォーム型と単一品目型の案件をどう組み合わせるか
- 中国・アジアADCへのエクスポージャーをどのルート(直接投資/ファンド経由/共同投資など)で持つか
「ADCにどれだけ賭けるか」だけでなく、「ADCにどういう形で賭けるか」の設計が重要になります。
4)コンサルタント・アナリスト:話題性と構造的実態を分けて語る
コンサルタントやアナリストに求められるのは、「ADCブーム」と「構造的トレンド」をきちんと分けて説明することです。
- 短期のニュースフローと株価イベント
- 中長期のパテントクリフ・モダリティミックス・地政学リスク
これらを混同せず、クライアントが「今、何を決めるべきか」「どこはまだオプションとして残しておくべきか」を整理することが、ADC時代のアドバイザリーの価値になります。
私の考察
ADC争奪戦は、表面的には「大型ディールのニュースが続く派手な領域」に見えますが、その裏側では、企業ごとのパテントクリフ、モダリティミックス、地政学リスク、製造キャパシティ、そして社内人材構成といった、極めて構造的な要因が複雑に絡み合っています。 私は、ADCそのものの技術としての優劣だけでなく、「どのような組織が、どのような意思決定プロセスでADCに向き合っているのか」を見ることで、その企業の今後10年の姿がかなりの程度見えてくると感じています。
また、このシリーズを通じて改めて感じるのは、モダリティのトレンドは常に「波」として現れるものの、本質的には「患者にとって意味のあるアウトカム」と「持続可能な医療システム」という二つの軸から逃れられない、ということです。 ADCも例外ではなく、この二つの軸に照らして、どの疾患領域でどのタイミングでどう使うのが合理的かを問い続けることが、最終的には企業価値と社会的価値の両方につながると考えています。
ADC時代はまだ始まったばかりですが、「ブーム」として消費されるのか、「基盤技術」として定着するのかは、これからの数年の選択によって変わってきます。本シリーズが、読者のみなさまにとって、その選択を考えるための一つの視点になれば幸いです。
本記事は、Morningglorysciencesチームによって編集されています。
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