1. ここまでの総復習:モダリティ横断の「AI創薬マップ」
第1〜6回では、
- 低分子創薬 × AI
- 抗体・二重特異抗体・ADC × AI
- 核酸・RNA医薬 × AI
- 細胞・遺伝子治療 × AI
を、それぞれのバリューチェーンと「AIにできること・まだできないこと」の観点から整理してきました。最終回となる第7回では、一歩引いて、
- フェーズ(Discovery〜上市・市販後)
- モダリティ(低分子・抗体・核酸・細胞・遺伝子治療など)
- 関係者(R&D、本社機能、製造、規制当局、投資家・コンサル)
を軸に、「AIをどう組み込むと現実的に効くのか」をロードマップとして整理します。
ゴールは、「AI創薬で何が実際に変わるのか」「どこはまだ人間の判断と実験が中心なのか」を、モダリティ横断で共通言語として持てるようにすることです。
2. フェーズ別:創薬〜市販後までのAI活用ロードマップ
まず、創薬〜マーケットまでの典型的な流れをフェーズに分け、その中でAIがどう機能しうるかを俯瞰します。
- ① ターゲット探索・疾患理解
- ② ヒット発見・リード創出
- ③ リード最適化・前臨床
- ④ 臨床開発(Phase I〜III)
- ⑤ 承認・薬価・マーケットアクセス
- ⑥ 市販後(RWE・安全性・ライフサイクルマネジメント)
2-1. ① ターゲット探索・疾患理解
このフェーズでは、オミクス・画像・文献・特許など、多種多様なデータを統合しながら「どこを叩くのが合理的か」を見極めます。AIは次のような役割を担います。
- 大規模オミクス(bulk/single-cell RNA-seq, proteomics など)のクラスタリング・因子解析
- ヒトデータ・in vitro・in vivo を跨いだ、疾患メカニズム仮説の生成
- 文献・特許・試験情報をまたいだ、既知標的・モダリティ・競合状況のマッピング
ここでのAIの本質は、「人間が見落としがちなパターンを見つけ、仮説の優先順位をつける」ことであり、ターゲットを自動決定するものではありません。
2-2. ② ヒット発見・リード創出
低分子・抗体・核酸・ベクターなど、モダリティを問わず、AIは「候補の世界」を広げつつ、「実験すべき候補数」を絞り込む役割を担います。
- 低分子:構造生成モデル・バーチャルスクリーニング・ドッキング補完
- 抗体・二重特異抗体:パラトープ/エピトープ予測、配列生成、免疫原性リスク推定
- 核酸・RNA:配列設計、オンターゲット/オフターゲット予測、UTR・修飾パターン探索
- 細胞・遺伝子治療:CAR/TCRドメイン構成、カプシド配列、プロモーター設計
いずれも共通するのは、「探索空間を構造化し、実験の打ち手を優先順位付けするツール」としての位置づけです。
2-3. ③ リード最適化・前臨床
このフェーズでは、「効くが毒もある候補」を「効いて安全な候補」に近づけていく作業が中心になります。AIは、
- 活性・ADME・安全性・製剤性など、多数のパラメータを多目的最適化する
- 構造・配列・製剤・プロセス条件と各種 readout を結ぶ、予測モデルを構築し、実験を打つべきポイントを提案
- 前臨床データを統合した、ヒトPK/PD・初期用量設定の支援
ただし、「ヒトでの稀な重篤有害事象」や「長期安全性」を、この段階で高精度に予測することは依然として困難であり、AIはリスクの層別化・注意喚起にとどまると考えた方が安全です。
2-4. ④ 臨床開発(Phase I〜III)
臨床フェーズでは、AIは次のような近未来的な使われ方をします。
- バイオマーカー・遺伝子背景・画像・電子カルテデータを統合した、患者選択・層別化
- 中間評価項目や安全性シグナルの変化をリアルタイムに追い、試験デザイン修正や中止判断の参考指標を出す
- 外部コントロールアーム・RWD との比較による、試験デザイン効率化
この領域は規制・統計の要件が厳しいため、「AIが意思決定する」のではなく、「統計家・臨床家が意思決定する際の補助材料」として位置づけることが重要です。
2-5. ⑤ 承認・薬価・マーケットアクセス
AIは、承認・薬価・HTA・マーケットアクセスの領域でも徐々に活用されつつあります。
- 臨床試験・RWDを統合した、費用対効果・予算インパクトのシミュレーション
- 適応拡大やコンビネーションなど、将来シナリオ別の価値最大化策の検討
- 各国の保険償還・ガイドライン動向データを用いた、ローンチシーケンスの最適化
ここでのAIは、「数値計算を自動化するツール」というより、複数シナリオの比較と感度分析を高速に回すためのエンジンです。
2-6. ⑥ 市販後(RWE・安全性・ライフサイクルマネジメント)
承認後は、RWEと安全性データが急速に蓄積されます。AIは、
- 有害事象報告・電子カルテ・レジストリ・保険データから、シグナル検出を行う
- 処方パターン・併用薬・患者背景との関係を解析し、リスクの高い処方パターンを炙り出す
- 実臨床での治療効果を評価し、適応拡大・投与レジメン最適化の仮説を生成
「RWD解析×AI」は、医療現場・規制当局・製薬企業・ペイヤーが共通の前提を持ちやすい領域であり、今後最も実装が進みやすい領域の一つと言えます。
3. モダリティ別「AIの得意・不得意」総まとめ
次に、モダリティ別にAIの「得意・不得意」をあらためて総括します。
3-1. 低分子:設計・最適化で特に相性が良い
- 得意:構造生成・デジタルスクリーニング・ADME/安全性の多目的最適化・合成ルート提案
- 不得意:長期安全性・稀な毒性・複雑な薬物相互作用の精密予測
長年のデータ蓄積があるため、AIモデルの精度が比較的高く、「最初に収穫が得られやすい」領域です。
3-2. 抗体・二重特異抗体・ADC:配列と構造・Developabilityの同時検討
- 得意:配列設計・親和性予測・免疫原性リスク評価・Developability指標のスクリーニング
- 不得意:ADC全体としての in vivo 挙動(リンカー・薬物・ターゲット発現)の統合予測
抗体は「データ豊富かつ構造・配列が扱いやすい」ため、AIの適用対象として引き続き有望です。
3-3. 核酸・RNA医薬:配列・修飾・デリバリーの組み合わせ空間の圧縮
- 得意:配列設計、オンターゲット/オフターゲット予測、修飾パターン・UTR設計、LNP配合探索
- 不得意:長期安全性、稀な免疫関連イベント、個体差を含む全身レベルの挙動予測
配列と構造・修飾の組み合わせが膨大なため、AIによる探索空間の圧縮が特に重要なモダリティです。
3-4. 細胞・遺伝子治療:最もチャレンジングだが、製造・設計の一部では実用域
- 得意:CAR/TCR/ベクター設計の粗い当たり付け、製造プロセスのモニタリングと異常検知、RWDからのリスク層別化
- 不得意:長期腫瘍原性・挿入変異リスクの高精度予測、個体差・免疫再構築の長期予測
「高次元・低症例数」問題が顕著なため、AIはあくまで可視化・パターン認識の補助として位置づけるのが安全です。
4. 「AIにできること・まだできないこと」最終整理
4-1. AIにできること(強み)
- 探索空間の圧縮:膨大な候補から、有望群・危険群を絞り込む
- 多目的最適化:活性・ADME・安全性・製剤性・コストなど複数指標のバランスをとる
- パターン発見:人間が直感的には見抜きにくい相関・クラスター構造を可視化する
- シミュレーション・感度分析:複数シナリオを高速に比較し、ボトルネックやレバレッジポイントを特定する
4-2. まだ難しいこと・誤解されがちなこと
- 万能な「自動創薬エンジン」ではない:AIは部分的な最適化と意思決定支援のツールであり、創薬プロセス全体を自動化するものではない。
- ヒトでの長期安全性・稀な有害事象の事前予測は難しい:データ構造的に困難であり、過信は危険。
- データの外挿範囲を超えた予測は危うい:プラットフォームが変わるとモデル性能が急落しうる。
- AI導入=コスト削減とは限らない:データ基盤整備・人材育成・ガバナンス構築にはむしろ初期投資が必要。
5. 実務でAI創薬を成功させるためのチェックリスト
実際にAI創薬を運用する立場から見ると、「どんなモデルを使うか」よりも、「どのように組織に埋め込むか」が結果を左右します。簡易チェックリストとして、次の観点を挙げます。
5-1. データ戦略・基盤
- モダリティごとに、どのデータを「資産」として蓄積するかが明確になっているか
- 実験データ・製造データ・臨床データが、分析可能な形で紐づいているか
- データ品質(欠損・異常値・ラベリング)の管理プロセスがあるか
5-2. モデル開発・MLOps
- モデルの目的・適用範囲・制約条件が明示されているか
- モデル更新(drift対応)とバージョン管理の仕組みがあるか
- モデルの出力を、科学的・臨床的にレビューする場が設計されているか
5-3. ガバナンス・責任
- AIの出力をどの程度信頼するか、最終責任を誰が負うかが明確か
- 規制当局との対話に耐えうる説明可能性(説明責任)のラインが定義されているか
- 外部AIベンダーを使う場合、データ利用・知財・責任分担が契約で明文化されているか
5-4. 人材・組織文化
- ドメイン専門家(メディシナルケミスト、バイオロジスト、臨床家など)とデータサイエンティストが頻繁に対話しているか
- 「AIに丸投げする」のではなく、「AIを使いこなす」文化があるか
- 失敗事例も含めて学びを共有する、ナレッジサイクルが回っているか
6. 投資家・コンサルの視点から見た「AI創薬」の見極めポイント
最後に、投資家・コンサルがAI創薬企業やプロジェクトを評価する際の観点を整理します。
- アルゴリズム偏重ではなく、データと実験基盤の質・量を見ているか
- 特定モダリティ(低分子・抗体・核酸・細胞・遺伝子治療など)における、一貫した強みがあるか
- 「AIで何がどれだけ改善されたか」のKPIが定量・定性の両面で語れるか
- 規制・製造・サプライチェーンまで視野に入れた、「ラボからマーケットまで」のストーリーが描けているか
- 人材ポートフォリオ(創薬・データ・ビジネス)がバランスしているか
「AI」というラベルだけに注目すると本質を見誤りやすく、実際には「データの設計思想」「モダリティへの深い理解」「実験とAIの統合オペレーション」にこそ、持続的な差別化の源泉があります。
私の考察と今後の展望
シリーズを通して見えてくるのは、「AI創薬」は単一の技術ではなく、モダリティごと・フェーズごとに異なる課題に対して、最適な分析手段を組み合わせていく営みだということです。低分子や抗体では、設計・最適化においてすでに実務レベルの活用が進んでいる一方で、核酸・細胞・遺伝子治療では、データ構造と症例数の制約から、AIはまだ「探索の効率化とリスク層別化のツール」にとどまっています。
今後10年を見据えると、マルチモーダルな基盤モデルや自動化ラボとの連携が進み、「設計→実験→解析→再設計」というループがより高速に回るようになるでしょう。そのとき、真に重要になるのは、「どのデータを、いつから、どの粒度で取り始めているか」「どの領域でAIを使うと、組織として最もレバレッジが効くか」を早い段階から見極めてきたかどうかです。AI創薬は、派手な話題性とは裏腹に、一つ一つのフェーズで地道な積み上げを要する長期戦であり、その積み上げの差が、数年後にモダリティ横断の競争力の差として顕在化していくと考えています。
本シリーズが、研究者・製薬会社社員・本社機能・投資家・コンサルが共通の土台を持ち、「AI創薬で何を期待し、どこに注意すべきか」を議論するための手がかりになれば幸いです。ここから先は、それぞれの現場で、「自分たちのモダリティ・パイプライン・組織構造にとって、どのAI活用が最初の一歩として最も意味があるのか」を具体的に描き、実装していくフェーズです。
本記事は、Morningglorysciencesチームによって編集されています。
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