初心者から専門家まで AI創薬入門シリーズ|保存版:創薬からマーケットまでAI活用方法を総まとめ – 番外編(2025年11月22日版)「最新AI創薬事例だけ」を総ざらいし、2025年時点でどこまで結果が出ているのかを整理します。

目次

1. 2025年はAI創薬にとってどんな年だったのか?

2024〜2025年にかけて、AI創薬は「実験段階」から「臨床試験で結果が出始める段階」へと、静かにステージを進めました。一方で、AIが関わったからといってすべてがうまくいくわけではないことも、同時に見え始めています。

公開情報ベースでは、2024年時点で大手AI創薬企業8社から30本前後のAI設計薬がヒト試験に入っていると報告されており、うちフェーズ1〜2での成功率は従来より高い可能性が示唆されています。ただし、2025年11月の時点でも、まだAI設計だけで承認まで到達した薬剤は存在せず、フェーズ3到達例もごく限られています

つまり、「AI創薬は全くの夢物語ではなく、早期臨床でのポジティブなシグナルは出てきたが、承認という最終ゴールとの距離はまだある」というのが、2025年時点の冷静な姿です。

2. 代表事例①:Insilico MedicineのAI設計薬 rentosertib(IPF)

2-1. ターゲットも化合物も「生成AI」で設計された初のフェーズ2到達例

2024〜2025年で最も象徴的な成功事例の一つが、Insilico Medicine社のrentosertib(旧ISM001-055 / INS018_055)です。これは特発性肺線維症(IPF)を対象とした低分子薬で、

  • 標的分子:TNIK(Traf2- and NCK-interacting kinase)という新規ターゲット
  • 標的の同定:大規模オミクス・データと生成AIを用いてTNIKをIPFの中核因子として同定
  • 化合物設計:同じく生成AIを用いてTNIK阻害薬を分子設計

という形で、ターゲット選定から分子設計までAIをフル活用したプロジェクトとして知られています。2024年にはIPF患者を対象としたフェーズ2a試験で良好なトップライン結果が公表され、2025年には医学誌で詳細な結果が報告されました。
試験では安全性プロファイルが良好で、肺機能の指標についてもプラセボに対して有望なシグナルが観察され、「AI設計薬がフェーズ2の壁を一つ越えた」として注目を集めています。

2-2. それでも「承認まではまだ距離がある」

とはいえ、rentosertibはまだフェーズ2段階であり、最終的な有効性・長期安全性・承認可否はこれからです。また、IPFは疾患自体が難治性であり、既存薬との比較や併用など、今後も多くの課題が残ります。

この事例が示すのは、「AIを用いても、創薬は依然として臨床開発のリスクと不確実性を強く受ける」という当たり前の事実です。一方で、「ターゲットと分子の両方をAI起点で設計した薬がフェーズ2まで到達し、臨床的に意味のあるシグナルを出しつつある」という点は、AI創薬の技術的ポテンシャルを裏付ける初期エビデンスになりつつあります。

3. 代表事例②:Isomorphic LabsとNovartis・Lillyの大型提携

3-1. DeepMind発のAI創薬企業が大手ファーマと数千億円規模の契約

Alphabet傘下のIsomorphic Labsは、Google DeepMindの技術を背景にしたAI創薬企業として、2024年にNovartisおよびEli Lillyとのマルチターゲット共同研究契約を相次いで締結しました。契約総額ベースでは最大30億ドル規模とも報じられており、少なくとも財務的には「AI創薬企業に対する大手ファーマのコミットメント」が一段階上がったことを意味します。

さらに2025年2月には、Novartisとのコラボレーション範囲を拡大する追加契約も発表され、複数の新規プログラムが上乗せされました。

3-2. 「AI設計薬の自社開発」もいよいよ臨床試験目前に

Isomorphic Labs自身も、オンコロジーなど複数領域で独自パイプラインを臨床試験入り直前まで進めていると報じられており、経営陣からは「近い将来、AI設計薬の臨床試験を開始する」とのコメントが繰り返し出されています。

現時点ではまだ具体的な試験結果は出ていませんが、rentosertibに続く「フェーズ2以降のAI設計薬」が複数現れる可能性が見え始めていると言えます。

4. 代表事例③:Recursion × NVIDIA、Lilly × NVIDIA に見る「スパコン × AI創薬」

4-1. RecursionのBioHive-2:製薬業界最大級のAIスパコン

Recursionは、自社ラボで取得した細胞画像やオミクスなどの大規模データを基盤に、AIで表現空間を構築する戦略で知られています。2023年にはNVIDIAからの出資と提携を発表し、2024年には共同で構築したBioHive-2が「製薬業界最大級のAIスパコン」として稼働を開始しました。

Recursion側は「AIそのものはいずれコモディティ化し、勝敗を分けるのは生命科学分野でのデータモート(圧倒的な自前データ資産)である」と繰り返し強調しており、「AIモデル × スパコン × 自前データ」という三位一体の戦略を前面に出しています。

4-2. Eli Lilly × NVIDIA:Lilly版「TuneLabスパコン」の構築

2025年10月には、Eli LillyがNVIDIAと提携し、DGX SuperPODを用いた専用AIスパコンを構築する計画が報じられました。目的は、

  • 創薬・開発に関する数百万規模のシミュレーションを高速化すること
  • 製造・画像解析・社内業務全般にAIを浸透させること

であり、Lillyは「AIを単なるツールから、研究者と共同で仕事をする科学的パートナーへと位置づけを変えていく」とコメントしています。

これらの動きは、「AI創薬=アルゴリズム」だけではなく、計算インフラとデータ戦略を含めたシステム全体の競争になりつつあることを象徴しています。

5. 代表事例④:新興スタートアップと「ヒット率の改善」

2025年には、新興のAI創薬スタートアップにも注目が集まりました。その一つが、OpenAIの支援を受けたChai Discoveryです。2025年夏の資金調達ラウンドでは、およそ5,500万ドルの評価額で7,000万ドルを調達し、AIでタンパク質の約6分の1にヒットを出せたとされる社内検証結果が報じられました(従来は1,000分の1レベルのヒット率が一般的)。

これらの数字はあくまで社内ベンチマークであり、臨床的な有効性を保証するものではありません。しかし、「スクリーニング段階でのヒット率を1桁以上引き上げられる可能性がある」という示唆は、低分子・抗体・RNAなど幅広いモダリティにとって魅力的な方向性です。

6. 失敗事例と「まだ到達していない」ポイント

6-1. BEN-2293のフェーズ2失敗:AI設計薬も当然ながら失敗する

一方で、AI由来とされるアトピー性皮膚炎治療薬BEN-2293は、フェーズ2a試験で有効性を示せず、開発が打ち切られました。

この事例は、「AIで設計したからといって、臨床的に必ずうまくいくわけではない」という、ごく当たり前ではあるものの重要な事実を改めて示しています。むしろ、AI創薬の評価は、

  • 初期臨床での成功率期間短縮が、統計的にどの程度改善したか
  • 失敗時にも、どれだけ学習効率が高く、次のサイクルに素早く活かせるか

という、「ポートフォリオ全体での効果」で見る必要があります。

6-2. 2025年11月時点で、まだ到達していないもの

2025年11月22日の時点で、AI設計薬がフェーズ3を完了し承認まで到達した例はまだありません。フェーズ2まで到達した例は徐々に増えていますが、最終ゴールとの距離はなお大きいのが現実です。

したがって、AI創薬は「臨床試験に到達し、早期段階で有望な結果を示せる」ところまでは実証が進みつつある一方で、「承認された薬剤の数」という意味では、まだ評価を下すには早いフェーズにあります。

7. 2025年時点で見えた「AI創薬の現実」

以上の事例を俯瞰すると、2025年11月時点で見えている「AI創薬の現実」は、次のようにまとめられます。

  • ① 低分子では、ターゲット同定〜リード最適化で実務レベルの成果が出始めた。 rentosertibのように、AI起点で設計された分子がフェーズ2まで到達し、ポジティブな臨床シグナルを出す例が現れている。
  • ② 抗体・RNA・細胞・遺伝子治療では、まだ「探索効率化」と「リスク層別化」の段階。 配列設計・デリバリー・製造条件などでAIの有用性は高まりつつあるが、長期安全性やフェーズ3での有効性を保証する段階にはない。
  • ③ 本当の勝負は「データ × インフラ × モダリティ専門性」の三位一体。 RecursionやLillyのように、AIモデルだけでなく、計算インフラと自前データの蓄積をセットで整備する動きが加速している。
  • ④ 失敗もきちんと積み上がってきた。 BEN-2293のように、AI関与のプロジェクトでもフェーズ2で失敗する事例が出ており、「AI=魔法」という誤解は修正されつつある。

私の考察と今後の展望

2025年時点でのAI創薬を一言で表すと、「少数の象徴的な成功例と、静かに積み上がる失敗例が両方出そろい始めたフェーズ」だと感じます。rentosertibのような事例は、AI起点で設計した分子が臨床で意味のあるシグナルを出し得ることを示す一方で、BEN-2293のような失敗例は、AIが関与しても臨床開発のリスク構造が根本的に変わるわけではないことを教えてくれます。

この先5〜10年で重要になるのは、個々の「当たり事例」を礼賛することではなく、①どのモダリティで、②どのフェーズに、③どの程度のデータとインフラを用意したときに、ポートフォリオ全体としてどれだけ効率が上がるのかを、定量的に示していくことです。AI創薬は、うまく設計すれば早期フェーズの成功率を底上げし、学習サイクルを加速させる「エンジン」になり得ますが、その実力は、データ設計・組織・ガバナンスを含めた長期的な投資の積み上げ方で大きく変わってくるはずです。

番外編としての本記事が、「2025年時点でAI創薬はどこまで来ているのか?」を俯瞰するスナップショットとして、今後の議論や意思決定の一つの基準になれば幸いです。数年後に同じテーマで再び振り返ったとき、ここで挙げた事例のいくつかが最終的に承認に至っているのか、それとも別のプレーヤーが主役になっているのか——その変化自体も、AI創薬の進化を測る重要な指標になるでしょう。

本記事は、Morningglorysciencesチームによって編集されています。

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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