老化とがん 番外編 第2回 世界の老化バイオテック最前線:Unity, BioAge, Cambrian, Altos たちは何を狙っているのか?

目次

イントロダクション:老化は「産業」になりつつある

番外編 第1回では、「老化薬とは何か?」という視点から、mTOR、メトホルミン、セノリティクス、NAD⁺、リプログラミングなど、老化を標的とする主要なメカニズムを整理しました。

第2回となる本記事では、その続編として、

  • 世界の老化関連バイオテック・ファーマが実際に何をしようとしているのか
  • どの会社が、どの「老化のホールマーク」を狙っているのか
  • 投資やビジネスの観点ではなく、科学・医療の観点から「どこがポイントか」

を、できるだけ入門寄りのトーンで解説します。

ここで紹介する企業は、

  • Unity Biotechnology
  • BioAge Labs
  • Cambrian Bio
  • Altos Labs(+その周辺のリプログラミング系企業)

といった代表例です。この記事を読めば、「ニュースで名前を見かけたときに、何を目指している会社なのか」をイメージできるようになることを目標にしています。

1. 「長寿バイオテック」は何を共通して狙っているのか

1-1. 共通するゴール:健康寿命の延長

企業ごとのアプローチは多様ですが、多くの老化バイオテックに共通するゴールは、

  • 「単に寿命を延ばす」のではなく、「健康な時間(健康寿命)」をどれだけ延ばせるか

という点にあります。

言い換えると、

  • 寝たきりや重度の認知症の期間を延ばしたいわけではない
  • できる限り長く「自立して生活し、社会と関わり続けられる時間」を伸ばしたい

という発想です。そのため、ターゲットとなる疾患も、

  • フレイル(虚弱)
  • サルコペニア(筋力低下)
  • 線維性疾患
  • 心血管疾患・代謝疾患
  • 視力や認知機能の低下

など、日常生活に直結するものが中心となっています。

1-2. 老化を「間接的に」標的にする

前回も触れたように、老化そのものは今のところ病名ではありません。そのため、企業は次のような戦略を取っています。

  • ① 老化のホールマーク(細胞老化、慢性炎症、代謝異常、エピゲノムの乱れなど)を標的にする
  • ② その結果として、加齢関連疾患の発症や進行、治療反応が改善されることを示す
  • ③ 規制上の「適応疾患」としては、糖尿病、心不全、関節症、眼科疾患などを申請する

つまり、「老化を良くするから、この病気にも効きます」という順序ではなく、

  • 「この病気(加齢関連疾患)に効く。そのメカニズムを深掘りすると、老化経路を調整している」

という順序で説明・開発している、というのが実務的な姿です。

2. Unity Biotechnology:セノリティクスの先駆者

2-1. 会社の背景とコンセプト

Unity Biotechnology(ユニティ・バイオテクノロジー)は、老化細胞を標的とするセノリティクスを掲げて注目を集めた企業です。創業当初は、

  • 「老化細胞を薬で除去すれば、老化そのものを遅らせられる」

というコンセプトで、大きな期待と投資を集めました。

ただし、実際の開発戦略は、

  • 老化細胞が関与すると考えられる眼科疾患線維性疾患

など、比較的限定された疾患領域にフォーカスしています。

2-2. パイプラインと対象疾患:DMEやnAMDへの挑戦

Unityが注力してきたプログラムの一つが、

  • 糖尿病黄斑浮腫(DME)
  • 加齢黄斑変性(nAMD)

といった眼科疾患です。これらは、網膜の血管や組織に炎症・浮腫・新生血管といった変化が起こり、視力低下を招く病気です。

Unityのセノリティクス薬は、

  • 老化した血管内皮細胞や支持細胞を選択的に除去することで、
  • 炎症や異常血管の形成を抑え、視機能の改善を目指す

というコンセプトに基づいています。

2-3. 試験の難しさと現実:成功と挫折の両方

Unityは、いくつかの試験で、

  • 安全性の確認
  • 一部の患者で視力改善のシグナル

などを示しましたが、

  • 大規模試験で期待ほどの有効性が得られなかったプログラムもあり、株価が大きく変動するなど、老化バイオテックの難しさを象徴する存在にもなりました。

この事例から学べるのは、

  • 老化メカニズムの概念が魅力的であっても、
  • 特定疾患の現場で実際にどれだけ改善できるか、という「臨床の壁」は非常に高い

という点です。

3. BioAge Labs:人の長寿コホートから逆算する創薬

3-1. 「長生きしている人」のデータからターゲットを見つける

BioAge Labs(バイオエイジ・ラボ)は、アプローチが非常に特徴的です。彼らは、

  • 大規模な人のコホート(長寿者・中年期から追跡している集団)

から採取された血液や遺伝子・オミックスデータを解析し、

  • 「長く健康に生きている人」に共通する分子プロファイル
  • 「早く病気になる人」に共通する分子プロファイル

を比較することで、

  • 寿命や健康寿命に関わる「薬で狙えそうなターゲット」を抽出する

という戦略を取っています。

3-2. ターゲットから疾患へ:筋肉・代謝・炎症にフォーカス

BioAgeのパイプラインは、

  • 筋萎縮やサルコペニア
  • 代謝異常
  • 慢性炎症

といったテーマにまたがっています。例えば、

  • 「長寿者ほど高いレベルで維持されている血中因子」

の機能を解析し、

  • その因子を薬で模倣する・増やすことができれば、高齢者の筋力低下やフレイルを改善できるかもしれない

というロジックを取ります。

このように、BioAgeの特徴は、

  • 「ターゲット選択」の段階から人のデータにこだわる

ことで、動物モデルだけでは見逃されがちな「人にとって重要な経路」を拾い上げようとしている点です。

3-3. 老化×がんとの接点

現時点でBioAgeの主な適応は筋肉・代謝・炎症ですが、

  • 慢性炎症や代謝異常を是正することは、長期的にはがんリスクにも影響しうる

ため、間接的には「老化×がん」の文脈にも接続しています。

4. Cambrian Bio:分散型開発モデルで老化を狙う

4-1. 「Distributed Development Company」という発想

Cambrian Bio(カンブリアン・バイオ)は、自らを「Distributed Development Company」と呼んでいる点がユニークです。これは、

  • 自社内に多数の小さなパイプライン企業(プロジェクト会社)を抱え、
  • それぞれが老化関連経路を標的とした創薬を進める

というモデルを指します。

つまり、

  • 老化を標的とした多様なパイプラインの「持ち株会社」のような形で、
  • プロジェクトごとにリスクを分散しつつ、共通の知見と資金調達基盤を共有する

という構造になっています。

4-2. 標的は「老化のドライバー」だが、適応は現実的に

Cambrianが掲げるターゲットは、

  • 老化に伴う慢性炎症
  • 心血管や代謝の変調
  • 線維性疾患

など、老化のドライバーと考えられる経路です。

一方で、申請予定の適応疾患は、

  • 特定の心血管疾患
  • 代謝疾患
  • 線維症

といった「現実的に臨床試験が組める疾患」です。ここでも、

  • メカニズムは老化を狙っているが、開発は疾患単位で行う

という構図が見て取れます。

4-3. ポートフォリオ全体としての「老化対策」

興味深いのは、Cambrianのすべてのパイプラインを俯瞰すると、

  • 心血管・代謝・線維化・炎症・免疫といった、老化の主要な出口(アウトカム)を幅広くカバーしている

点です。これは、

  • 「1剤で老化すべてを解決する」という幻想ではなく、
  • 複数の疾患・経路に対する介入の組み合わせで健康寿命延伸を目指す

という現実的なスタンスと言えます。

5. Altos Labs などリプログラミング勢:細胞レベルの若返りを目指す

5-1. Altos Labs:巨額資金で「細胞のレジリエンス」を研究

Altos Labs(アルトス・ラボ)は、近年の老化領域で最も注目度の高い企業のひとつです。巨額の資金と著名研究者の参加が報じられ、

  • 「細胞の健康とレジリエンスを回復することで、あらゆる年齢での疾患・障害を逆転させる」

というミッションを掲げています。

公開情報はまだ限定的ですが、

  • エピゲノムの若返り
  • 部分的リプログラミング
  • 細胞ストレス応答とレジリエンスの増強

といったテーマに強くフォーカスしていると考えられています。

5-2. Life Biosciences、Retro Bio、NewLimit など

Altos以外にも、リプログラミングやエピゲノム若返りを掲げる企業は増えています。

  • Life Biosciences:視神経や中枢神経系などへの部分リプログラミング応用を目指す
  • Retro Biosciences:幹細胞・血漿交換・リプログラミングなどを組み合わせた介入を検討
  • NewLimit:エピゲノムを中心に、老化細胞の若返りを標的とする

これらの企業は、

  • まだ前臨床〜初期開発段階のものが多く、
  • がん化リスクや長期安全性をどうコントロールするかが最大の課題

となっています。

5-3. 「夢とリスク」が最も凝縮されている領域

リプログラミング系の企業は、

  • 老化の根本原因に近いところを狙っているがゆえに、夢も大きい一方、リスクも大きい

という特徴があります。がん領域との関係も非常に繊細で、

  • 少しでも制御を誤れば腫瘍化のリスクが高まる

ため、

  • いつ、どこで、どの程度リプログラムするか

という制御技術が鍵となります。

6. 大手製薬企業はどのように関わっているか

6-1. 自前開発よりも「戦略的パートナーシップ」

大手製薬企業の多くは、

  • 老化そのものを自前で研究開発するというよりも、
  • 老化バイオテックとの提携・ライセンス・買収

を通じて、この領域にアクセスしようとしています。

特に、

  • 心血管・代謝領域(GLP-1、SGLT2など)
  • 炎症・免疫領域
  • 線維性疾患領域

は、老化と明確に交差するため、

  • 「老化の視点を取り入れた疾患戦略」

が今後さらに重要になると考えられます。

6-2. がん領域への波及

がん領域では、

  • 免疫老化や治療誘発老化(化学療法や放射線による加速老化)

などへの対応として、

  • 老化バイオテックの技術を組み合わせたバイオマーカー研究
  • 加齢コホートの再解析

が今後拡大していく可能性があります。

7. ニュースや技術資料を読むときの「見方」のヒント

7-1. どのホールマークを狙っているかを意識する

老化バイオテックのニュースを読むときに、まず意識してみたいのは、

  • この企業・薬は、老化のどのホールマークを狙っているのか?

という視点です。

  • 細胞老化 → セノリティクス/セノモーフィクス(Unity など)
  • 慢性炎症・代謝 → mTOR、AMPK、GLP-1 など(GLP-1製剤、大手製薬)
  • エピゲノム → リプログラミング、エピゲノム若返り(Altos、Life、NewLimit など)
  • レジリエンス・修復 → MSC、再生医療(多くの細胞療法企業)

という対応関係を意識すると、「どこを押そうとしているのか」が見えやすくなります。

7-2. 適応疾患・エンドポイントにも注目する

もう一つ重要なのは、

  • 適応疾患は何か?
  • エンドポイントは何か?(死亡率、イベント発生、老化マーカーなど)

という点です。

  • 特定の疾患アウトカムを明確に改善しているのか
  • それとも、まだ老化マーカーの変化を見ている段階か

によって、

  • 「どの程度、実際の医療やがん診療に近づいているか」

をかなり冷静に判断できます。

8. まとめ:企業別ストーリーを「老化の地図」に重ねて見る

8-1. 4つの代表プレイヤーの位置づけ

本記事で紹介した企業を、老化の地図の上に並べ直してみると、次のように整理できます。

  • Unity Biotechnology:セノリティクスで老化細胞を直接狙う先駆者。眼科・線維性疾患などを通じて「老化細胞の実務的な意味」を検証中。
  • BioAge Labs:人の長寿コホートからターゲットを逆算するデータ駆動型の創薬。筋肉・代謝・炎症などを通じて健康寿命延伸を狙う。
  • Cambrian Bio:多数のパイプライン企業を束ねる分散開発モデル。心血管・代謝・線維症など、老化の出口疾患に広く介入。
  • Altos Labs(+Life, Retro, NewLimit):エピゲノムとリプログラミングを軸に、細胞レベルの若返りを目指す「ハイリスク・ハイリターン」領域。

8-2. 老化とがんシリーズとのつながり

老化バイオテックの動きは、「老化とがん」のシリーズ本編で扱った内容と密接に結びついています。

  • 免疫老化や慢性炎症を抑える介入 → 発がんリスクの修飾や免疫療法の反応性に影響しうる
  • セノリティクスや代謝薬 → 治療誘発老化やサバイバーのフレイル対策として応用されうる
  • リプログラミング技術 → がん化リスクと常に表裏一体であり、がん研究の知見なしには進められない

番外編 第3回では、こうした老化薬・老化バイオテックの動きが、具体的に「がん予防」「がん治療」「サバイバーシップ」にどうつながりうるのかを、もう一段丁寧に整理していきます。

私の考察

老化バイオテックの世界を眺めていると、「老化を薬で変えられるのか?」というシンプルな問いが、実は多層的な問題に分解されていくことに気づかされます。細胞老化を叩くのか、代謝を整えるのか、エピゲノムを若返らせるのか。それぞれのアプローチは、狙っている老化の側面も、直面しているリスクも、求められる試験デザインもまったく異なります。

投資の視点から見ると、Unityのような試験の失敗は「老化バイオテックは危うい」と映るかもしれません。しかし科学の視点から見ると、それらは「どの老化のホールマークを、どの疾患で、どの程度動かせるのか」を一つひとつ検証していくプロセスでもあります。老化とがんの接点を考えるうえでも、こうした企業の成功例だけでなく、挫折のパターンから何を学ぶかが、今後の戦略にとって重要になるだろうと感じています。

次回の番外編 第3回では、ここまでの整理を踏まえつつ、「老化薬とがん医療のこれから」というテーマで、予防・治療・サバイバーシップそれぞれの場面で何が起こり得るかを、できるだけ具体的なシナリオとして描いてみたいと思います。

本記事は、Morningglorysciencesチームによって編集されています。

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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