本シリーズ第3回では、Merck×第一三共のCDH6標的DXd ADC「raludotatug deruxtecan(R-DXd)」と、DLL3標的ADC「SHR-4849(IDE849)」の最新データを取り上げます。前者はプラチナ抵抗性卵巣がんでフェーズ2を突破しフェーズ3に進む段階、後者は再発・進行小細胞肺がん(SCLC)で高い奏効率を示したフェーズ1試験の結果が報告されました。
第1回のAstraZeneca編、第2回のEnhertu早期乳がん編に続き、本稿では「ポストKeytruda時代」を見据えたMerckのADC戦略と、かつて失敗した標的DLL3を“別設計”のADCで再挑戦するコンセプトに焦点を当てます。ADCの基本構造やDXdペイロードの特徴については、別途公開予定の「初心者から専門家まで|ADC入門から最前線シリーズ:2025年と今後の世界ADC争奪戦を徹底解説」で整理していく予定です。
Merck×第一三共の巨額ADC提携 ─ ポストKeytrudaの3本柱
2023年、Merckは第一三共のDXd ADC 3本に対して40億ドルの前払金+最大220億ドル規模のマイルストンをコミットし、ポストKeytruda時代の中核パイプラインとして位置づけました。対象となったのは以下の3剤です。
- HER3-DXd(patritumab deruxtecan): EGFR変異非小細胞肺がんなどを対象とするHER3 ADC
- I-DXd(ifinatamab deruxtecan): B7-H3を標的とし、小細胞肺がんなどで開発中のADC
- R-DXd(raludotatug deruxtecan): CDH6を標的とし、腎がん・卵巣がんなどで開発中のADC
このうち最も進捗が早く、足元の注目度が高いのがR-DXdです。ESMO 2025では、プラチナ抵抗性卵巣がん、原発性腹膜がん、卵管がんを対象としたREJOICE-Ovarian01試験(フェーズ2パート)の結果が報告され、フェーズ3への移行が決定しました。
Merckにとって、この3本のDXd ADCはKeytrudaの特許切れ(2028年以降)を乗り切る「第二の柱」となるだけでなく、免疫チェックポイント阻害薬との併用・シーケンスを通じて「Keytrudaの周辺事業」を厚くする役割も担っています。
CDH6標的ADC R-DXd:プラチナ抵抗性卵巣がんでORR 50.5%
REJOICE-Ovarian01フェーズ2パートは、プラチナ抵抗性の再発卵巣がん(原発性腹膜がん、卵管がんを含む)患者107例を対象に、3つの用量レベル(低用量・中用量5.6 mg/kg・高用量)でR-DXd単剤を評価した試験です。既治療例が多く、PARP阻害薬などへの曝露歴も含む「かなり手詰まりに近い」集団を対象としています。
主な結果は以下の通りです。
- 全体(3用量・107例)での確認済み奏効率(ORR):50.5%
- 完全奏効(CR):3例、部分奏効(PR):51例
- 疾病制御率(DCR):77.6%
- 高用量群でのORRは57.1%と最も高く、一方で安全性を考慮してフェーズ3用量として中用量5.6 mg/kgが選択された
- フェーズ3用量でのORRは50%(CR 2例含む)
プラチナ抵抗性卵巣がんにおいて、既存の化学療法単剤ではORRが10〜20%台にとどまるケースが多いことを考えると、50%前後のORRは明らかに「一段階上の活性」を示していると言えます。加えて、DXd特有のバイスタンダー効果により、CDH6発現が不均一な腫瘍でも一定の効果が期待できる可能性があります。
CDH6という標的の意味 ─ FRα ADCとの違い
卵巣がんADCといえば、まずFRα標的ADC mirvetuximab soravtansine(Elahere)が思い浮かびます。FRα高発現のプラチナ抵抗性患者に対してORR 30〜40%台のエビデンスが蓄積しつつあり、既に重要な治療オプションとなっています。
これに対し、R-DXdが標的とするCDH6(Cadherin 6)は、卵巣・腎・その他の固形がんで高発現しうる接着分子で、FRαとは異なる発現プロファイルを持ちます。CDH6を標的とすることで、
- FRα低発現〜陰性だがCDH6高発現の卵巣がんサブセット
- 腎細胞がんなど、卵巣がん以外のCDH6高発現腫瘍
といった別の患者集団をカバーできる可能性が出てきます。実際、第一三共とMerckは、腎がんなど他腫瘍への適応拡大試験も進めており、CDH6 ADCの「横展開」を着実に進めています。
また、DXdペイロードはEnhertuやDatrowayで実証されているように、強力なDNAトポイソメラーゼI阻害とバイスタンダー効果を特徴とし、間質性肺疾患(ILD)などクラス特有の毒性とトレードオフを取りながらも、難治性腫瘍で高い活性を示しています。R-DXdはその設計思想をCDH6標的に適用した「第二世代DXd ADC」と位置づけられます。
R-DXdフェーズ3とKeytruda併用のシナリオ
REJOICE-Ovarian01のフェーズ3パートでは、R-DXd単剤(5.6 mg/kg)と医師選択化学療法との比較が予定されており、主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)です。プラチナ抵抗性卵巣がんでPFS・OSを改善できれば、単剤としての「新しい標準候補」となるだけでなく、免疫チェックポイント阻害薬との併用や、より早期ラインへの展開も視野に入ります。
Merckはコーポレート側の説明資料で、R-DXdをKeytrudaと組み合わせる将来像にも言及しており、CDH6発現腫瘍に対する「ADC+PD-1」のコンビネーションとして、免疫温暖化(immunogenic cell death)を狙う戦略も想定されています。これは、すでに他社がTROP2 ADC+PD-1/PD-L1併用で試みている方向性とパラレルな動きです。
DLL3 ADC SHR-4849:SCLCでORR 73%、脳転移にも高い活性
一方、DLL3標的ADC「SHR-4849(IDE849)」は、小細胞肺がんにおける“リバイバル標的”として注目されています。DLL3はNotchシグナルを抑制する分子で、SCLCの約85%で高発現する一方、正常組織での発現は限定的とされています。かつてDLL3 ADC rovalpituzumab tesirine(Rova-T)がフェーズ3試験で毒性・有効性の両面から失敗し、開発中止となったことから、「DLL3は本当にADCの標的になるのか?」という疑問が長らく残っていました。
WCLC 2025で報告されたフェーズ1試験では、再発・進行SCLCおよびその他のDLL3陽性神経内分泌腫瘍患者71例にSHR-4849を投与したところ、以下の結果が得られました。
- 客観的奏効率(ORR):73%(52/71)
- 疾病制御率(DCR):93%
- 二次治療(2nd line)として投与された集団では、ORR77%、DCR97%とさらに高い成績
- 脳転移を有する18例中15例で頭蓋内奏効(intracranial ORR)を確認
SCLCは脳転移を高頻度に生じる腫瘍であり、さらに再発後の治療選択肢が極めて限られていることから、二次治療でORR 77%、脳転移にも高い効果を示したADCが出てきた意義は非常に大きいといえます。
Rova-Tとの比較:毒性プロファイルの違いと「設計の差」
Rova-Tはフェーズ1で有望な活性を示したものの、フェーズ3 TAHOE試験ではグレード3以上の有害事象が64%、治療中の死亡も多発し、有効性でも標準治療に劣後したため開発中止に追い込まれました。特に重篤な毒性(肺炎、悪性腫瘍の進行、その他の致死的イベント)が問題となり、「DLL3そのものが危険な標的ではないか」という懸念につながりました。
これに対してSHR-4849フェーズ1では、
- 安全性評価対象100例のうちグレード3以上の有害事象は48例(48%)
- 主な毒性は好中球減少・白血球減少・血小板減少といった血液毒性
- 嘔気・食欲低下などの消化器症状は多いものの、比較的軽度
- 治療関連有害事象による投与中止は2%にとどまり、Rova-Tの7%を大きく下回る
と報告されています。特に注目されるのは、Rova-T側で問題となった致死的有害事象(肺炎など)がSHR-4849では10%を超える頻度で見られなかった点です。
議論では、ペイロードと薬物抗体比(DAR)の違いが安全性に大きく影響している可能性が指摘されました。Rova-Tは高毒性のpyrrolobenzodiazepine(PBD)ペイロード+DAR 4という設計だったのに対し、SHR-4849はトポイソメラーゼI阻害ペイロード+DAR 8であり、1抗体あたりの薬物分子数は多いものの、ペイロードの「質」が変わることで毒性プロファイルが大きく改善されている可能性があります。
CDH6 ADCとDLL3 ADCに共通するもの ─ 「第二波標的」としての位置づけ
R-DXdとSHR-4849は、いずれも「第一世代のADC標的(HER2、TROP2、FRαなど)」の次に来る“第二波”として位置づけられます。共通しているのは、
- 病理・トランスクリプトーム解析から特定腫瘍で高発現するが、正常組織での発現は限定的な分子を標的にしている
- 既存治療が乏しく、かつ細胞増殖が早い腫瘍(プラチナ抵抗性卵巣がん、SCLC)を対象としている
- DXdやトポイソメラーゼI阻害薬といった「ADC第2世代ペイロード」を採用し、バイスタンダー効果と安全性のバランスを図っている
という点です。特にSCLCでは、免疫チェックポイント阻害薬を含めても「劇的に予後が改善した」とまでは言えない現状があり、DLL3 ADCの再挑戦成功は、ADCクラス全体にとっても象徴的な出来事になり得ます。
ビジネス・戦略面でのインパクト ─ Merckと中国企業の動き
MerckにとってR-DXdは、HER3-DXd・I-DXdと合わせて「ポストKeytrudaの3本柱」の一つであり、卵巣がん・腎がんを中心に強固なフランチャイズを築くための重要アセットです。Keytruda本体は2028年以降に特許切れを迎えるため、2030年代前半にピーク売上を迎えるADC群が必要不可欠とされています。
一方、SHR-4849は中国発のADCとしてグローバルな注目を集めており、今後は中外・ロシュ、AstraZeneca、Merckなどが開発中のDLL3標的薬との競争も見据えた展開が予想されます。SCLCという市場自体は肺がん全体と比べれば小さいものの、アンメットメディカルニーズの高さと適応拡大(DLL3陽性神経内分泌腫瘍)の余地を考えると、戦略的なポジション取りとして重要な領域です。
日本のプレイヤーにとっての示唆
日本企業・アカデミアにとって、R-DXdとSHR-4849の事例は、
- 「第一世代ADC標的が出揃った後に、どのような標的・モダリティで第二波を構築するか」
- 高毒性ペイロードから、より制御しやすいペイロードへの設計変更で「同じ標的を救済する」ことが可能か
という二つの問いに対する実例と見ることができます。特にDLL3のように「一度失敗した標的」を、ペイロード・DAR・スケジューリングなどの再設計で再チャレンジするアプローチは、「標的は良いが設計が悪かった」というケースをどう見極めるか、という創薬戦略上の重要な示唆を与えます。
また、CDH6やDLL3のような「病理・オミックス解析から浮かび上がる第二波標的」は、日本のアカデミアが得意とする病理学・分子腫瘍学の知見と相性が良く、標的同定やバイオマーカー探索の面で日本発の価値を出しやすい領域でもあります。
私の考察
R-DXdとSHR-4849を並べて見ると、「ADCの進化は、標的の多様化だけでなく、ペイロード設計の再発明によっても進む」ということを改めて実感します。DLL3はRova-Tの失敗により一度は「危険な標的」と見なされかけましたが、ペイロードをトポイソメラーゼI阻害薬に変え、DARを調整することで、安全性と有効性のバランスが大きく改善する可能性が示されました。これは、標的そのものを捨てる前に「薬理設計のどこに問題があったのか」を丁寧に分解する重要性を教えてくれます。一方、R-DXdは第一三共DXdプラットフォームの拡張として、FRαとは異なる生物学を持つCDH6にフォーカスすることで、卵巣がん・腎がんという新たな領域に踏み込もうとしており、Merckのポートフォリオ全体の中でも位置づけが明確です。日本発のプレイヤーにとっては、「標的をどう選ぶか」と同時に、「失敗した標的やモダリティをどう再評価し、どこまで設計をやり直す覚悟があるか」が、次の10年の差を生む要素になると感じています。
本記事は、Morningglorysciencesチームによって編集されています。
関連記事








コメント