「細胞は永遠に分裂し続けるのか?」この問いに明確な答えを示したのが、1961年に発表されたハイフリックとムーアヘッドによる論文です。彼らは、ヒトの正常な二倍体細胞には限られた分裂回数しかないことを示し、**ハイフリック限界(Hayflick Limit)**という概念を提唱しました。
論文の概要と実験内容
この論文では、ヒト胎児肺由来の正常な二倍体線維芽細胞(WI-38など)を培養し、継代ごとに細胞の増殖能力を追跡しました。その結果、細胞はおおよそ40〜60回程度の分裂で増殖を停止することが確認されました。これにより、正常細胞には寿命があるという概念が初めて科学的に示されました。
当時のインパクトと意義
当時はがん細胞(HeLa細胞など)を使った無限増殖モデルが研究の中心だったため、この発見は大きな反響を呼びました。ハイフリック限界の存在は、老化(aging)や発がん(carcinogenesis)の機構理解に新たな視点をもたらしました。
現在の理解と再評価
その後の研究で、この分裂限界の背景にはテロメアの短縮が関与していることが明らかになりました。細胞が分裂を繰り返すたびにテロメアが短くなり、最終的に細胞周期が停止します。
この知見は、テロメラーゼ活性の制御、幹細胞研究、再生医療、そして若返り研究においても中心的な土台となっています。たとえば、iPS細胞や部分的な細胞リプログラミング(Yamanaka因子など)の研究は、「ハイフリック限界を超える/巻き戻す」ことを実現する試みと言えます。
若返り・老化研究における今後の意義
ハイフリック限界の発見から60年以上が経ちましたが、この概念は現在の老化・再生科学の中でもなお中心的です。細胞老化は単に分裂の限界だけではなく、炎症やDNA損傷応答、エピゲノム変化といった多因子が絡み合う複雑な現象であることが明らかになってきました。
しかし、科学的原点としてこの論文が与えた影響は極めて大きく、すべての老化・若返り研究はここから始まったといっても過言ではありません。
出典:Hayflick L, Moorhead PS. The serial cultivation of human diploid cell strains. Exp Cell Res. 1961 Dec;25:585–621. DOI: 10.1016/0014-4827(61)90192-6
【ひとこと】
科学は、1つの素朴な問いから始まることがあります。「なぜか細胞分裂が止まる」― それを丁寧に観察し、記録し、理論化したこの論文は、老化・再生という人類の普遍的なテーマに対して強力な道標を残しました。未来の若返り技術がどこまで進化しても、その基盤にこの研究の精神が宿っているはずです。
コメント
コメント一覧 (1件)
基礎研究ですが当時実験的にアプローチできる正常なヒト培養細胞を使った検証実験で大学院時代に読んで、記憶に鮮明に残っている論文です。この基礎情報を知っていると最新のテロメアの長さ、がん細胞の無限増殖などの病気を細胞や分子レベルから理解と解釈ができるので、新しい治療法や医療・ヘルスケアの考え方がより理解できます。