がんと老化促進:分子細胞レベルから読み解く最新知見

近年、「がん」と「老化」は別々に研究される対象ではなく、深く結びついた現象として理解されつつあります。がん患者で観察される免疫低下や慢性炎症は、単に治療の副作用だけでなく、腫瘍そのものが宿主の細胞や組織に「老化」を促す可能性があるのです。今回は、2025年に Cancer Cell に掲載された John Cleveland 研究室による画期的な論文 「Lymphoma accelerates T cell and tissue aging」 を中心に、がんと老化の接点を体系的に整理し、Hallmarks of Aging の観点から最新の分子細胞レベルの知見を解説します。

目次

老化の定義と Hallmarks of Aging

老化は単なる時間経過ではなく、細胞・組織における一連の分子的・機能的変化として定義されます。López-Otín らが提唱した Hallmarks of Aging は、加齢現象を理解するための基盤となるフレームワークです。

主要な老化の特徴(Hallmarks, 2013/2023アップデート)

  • ゲノム不安定性
  • エピジェネティック変化
  • タンパク質恒常性(プロテオスタシス)の破綻
  • 栄養感知の異常(mTOR, IGF経路など)
  • ミトコンドリア機能不全
  • 細胞老化(senescence)
  • 幹細胞消耗
  • 炎症(inflammaging)
  • 近年追加:細胞間コミュニケーションの異常、クロック遺伝子の異常、代謝恒常性の喪失など

今回の論文は、特に「エピジェネティック変化」「プロテオスタシス破綻」「炎症」「鉄代謝異常」を中心に、がんが若齢T細胞に急速に老化表現型を誘導することを明らかにしました。

がんと老化:これまでの視点

がんと老化の関係については、主に以下の二つの流れで研究されてきました。

  1. 治療による加速老化:放射線、化学療法、骨髄移植などが DNA 損傷やエピジェネティック変化を促進し、がんサバイバーに早期老化をもたらす(Ness et al., 2018)。
  2. 腫瘍そのものによる老化促進:腫瘍細胞が産生する炎症因子や代謝競合により、宿主の免疫細胞や組織が老化表現型に移行する可能性(Freund et al., 2010)。

John Cleveland グループの研究(Cancer Cell, 2025)

研究の概要

Hesterberg らは、B細胞リンパ腫を用いて「がんそのものが免疫老化を誘導するか」を検証しました。マウス移植モデルとヒトDLBCL患者のT細胞を解析し、scRNA-seq、ATAC-seq、フローサイトメトリーを駆使しています。

主要な結果

  • 若齢T細胞はリンパ腫曝露により急速に老化表現型(CD39, PD-1, KLRG1, FOXP3 などの発現上昇)を獲得。
  • エピジェネティック解析では、鉄代謝関連経路が若齢T細胞で特に活性化。
  • 鉄の蓄積(Fe²⁺)とフェロトーシス耐性の獲得が、老化促進のドライバー。
  • 若齢マウスの腎臓・大動脈などでも老化関連遺伝子(Cdkn2a, Tnfa)が上昇。
  • 一部の表現型(炎症性サイトカイン産生)は腫瘍除去で可逆的、しかし鉄代謝異常やプロテオスタシス破綻は不可逆的に固定化。

類似研究との比較

これまで「治療が老化を加速する」という報告は多数ありましたが、「腫瘍そのものが若齢免疫細胞を老化させる」ことを包括的に示した点が本研究の新規性です。

今後へのインプリケーション

この知見は、以下の臨床的意義を持ちます。

  • 免疫療法(CAR-T、チェックポイント阻害薬)の効果が「腫瘍誘発老化」によって制限される可能性。
  • 抗老化薬(フェロトーシス制御薬、プロテオスタシス改善薬)をがん治療に組み合わせる新しい戦略。
  • サバイバーケアにおける「老化表現型の固定化」を意識した介入が必要。

著者の考察

私の視点では、この論文は「がん=老化促進因子」という新しいパラダイムを提示したと考えます。特に鉄代謝とエピジェネティクスの交点は、創薬ターゲットとして非常に有望です。将来的には、がん治療と老化抑制治療を組み合わせる「デュアルセラピー」が重要になるでしょう。

引用リスト

  • López-Otín C, et al. “The Hallmarks of Aging.” Cell, 2013.
  • López-Otín C, Kroemer G. “Hallmarks of Health and Ageing.” Nature Reviews Mol Cell Biol, 2023.
  • Hesterberg RS, et al. “Lymphoma accelerates T cell and tissue aging.” Cancer Cell, 2025.
  • Ness KK, et al. “Physiologic frailty as a sign of accelerated aging among adult survivors of childhood cancer.” J Clin Oncol, 2018.
  • Freund A, et al. “Inflammatory networks during cellular senescence: causes and consequences.” Nat Rev Cancer, 2010.
  • Masaldan S, et al. “Iron accumulation in senescent cells.” Nat Commun, 2018.
  • Ghosh AK, et al. “Aging-associated iron dysregulation impairs T cell immunity.” Blood, 2021.

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この記事はMorningglorysciencesチームが編集しました。

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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