がん治療の理解 入門から基礎シリーズ  第1回がん治療の全体像と「治りやすさ/治りにくさ」を理解する

目次

「がんは治るのか?」「再発したらもうダメなのか?」
患者さんやご家族から、いちばん多く聞かれる問いです。

でも実際には、がんと一口に言っても

・どの臓器(がん種)か
・どのステージで見つかったか
・どんな“性格”のがんなのか

によって「治りやすさ/治りにくさ」がまったく変わります。

この第1回では、がん治療全体の地図をざっくり頭の中に作りながら、
「なぜ同じがんなのに治りやすい人とそうでない人がいるのか」を、
できるだけ専門用語をかみ砕いて整理していきます。

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【この記事でわかること】

・そもそも「がん」とはどんな状態のことか
・ステージ・グレード・サブタイプが何を意味するのか
・日本で、がんはどのくらい“治るようになってきたか”
・手術・放射線・薬物療法+新しい治療(BNCT・光免疫療法など)の位置づけ
・「治る」「長く付き合う」「再発」とどう向き合えばよいか

第1章 がんとは何か?ブレーキが壊れた細胞の病気

── がん細胞の3つの特徴 ──

とてもざっくり言うと、がんは

  1. 細胞の「増えすぎ防止ブレーキ」が壊れる
  2. 自分で死ぬ仕組み(自滅スイッチ)が壊れる
  3. 周りの組織や血管・リンパ管に入り込んでいく

という3つの特徴を持った“暴走細胞”の集団です。

私たちの体の細胞は、本来

・必要なときだけ増える
・古くなると自分で死ぬ
・周りの細胞との“距離感”を守る

というルールを守っています。このルールを司っているのが「遺伝子」です。

ところが、タバコ・紫外線・ウイルス・偶然のエラーなどで遺伝子に傷が重なり、
ブレーキや自滅スイッチが壊れてしまうと、

・増え続ける
・死ににくくなる
・周囲に食い込む

細胞が生まれます。これが集まった“しこり”が、悪性腫瘍=がんです。

── 良性腫瘍と悪性腫瘍 ──

腫瘍には大きく分けて

・良性腫瘍:広がりが遅く、転移はしない
・悪性腫瘍:周囲へ浸み出すように広がり、転移も起こす

の2種類があります。一般に「がん」と呼んでいるのは後者、悪性腫瘍です。

日本では年間100万件以上のがんが診断されますが、
検査・治療の進歩によって「がん=必ず死に至る病」というイメージから、
「早期なら十分に治癒を目指せる病気」に大きく変わりつつあります。

第2章 ステージ・グレード・サブタイプで変わる“がんの顔つき”

同じ「胃がん」「乳がん」でも、

・どれくらい広がっているか(ステージ)
・細胞の荒々しさ(グレード)
・分子レベルの特徴(サブタイプ)

によって、まったく違う病気のように振る舞います。

── ステージ(病期):どこまで広がっているか ──

多くのがんでは、TNM という3つの要素で進行度を決めます。

・T(Tumor):原発巣の大きさ・深さ
・N(Node):リンパ節への広がり
・M(Metastasis):遠隔転移の有無

これらを組み合わせて

・ステージ I:臓器の中にとどまる、ごく早期
・ステージ II:やや大きく・深くなるが、まだ遠隔転移はない
・ステージ III:周囲やリンパ節への広がりが顕著
・ステージ IV:肝臓・肺・骨・脳など、離れた臓器への転移あり

といった具合に分類します。

同じ胃がんでも、

・ステージ I:内視鏡治療や手術で“治癒”を狙える
・ステージ IV:全身治療で「病勢を抑えながら付き合う」方針になる

ように、「ステージ」は治りやすさに直結する情報です。

── グレード(悪性度):細胞の“荒っぽさ” ──

病理医が顕微鏡でがん細胞を見ると、

・正常に近く、増え方もゆっくりなタイプ(低グレード)
・形が大きく崩れ、猛烈な勢いで増えるタイプ(高グレード)

など、性格の違いがわかります。

脳腫瘍やリンパ腫などでは、このグレードがそのまま予後を左右する
重要情報になっています。

── サブタイプ:分子・受容体の違い ──

サブタイプとは、「がん細胞が持っているスイッチやアンテナの違い」です。

たとえば乳がんでは

・エストロゲン受容体(ER)
・プロゲステロン受容体(PR)
・HER2

などの有無によって

・ホルモン受容体陽性/HER2陰性
・HER2陽性
・トリプルネガティブ

といったサブタイプに分かれます。

サブタイプが違うと

・効きやすい薬が違う
・再発しやすいかどうかも違う

という、「治療戦略そのもの」が変わります。
肺がんでも、EGFR・ALK・ROS1・KRASなどの変異の有無が、
薬の選び方を大きく左右します。

第3章 日本のがん生存率:全体像をざっくり眺める

── 全がんの5年生存率は6割台まで改善 ──

日本の人口ベースの統計では、
全がんをまとめた5年相対生存率はおよそ60%台まで改善してきました。

医療が発達する前、「がん=ほとんど治らない病気」だった時代と比べると、
今は「半分以上の方が、5年以上生きている」というところまで来ています。

── 部位別に見ると「明暗」が分かれる ──

代表的ながんを、かなり大ざっぱに分けると:

【比較的、治りやすいグループ(早期発見が前提)】
・乳がん
・甲状腺がん
・前立腺がん
・子宮体がん
・精巣腫瘍 など

これらは、早期なら5年生存率が90%を超えるグループが多く、
適切な治療で“完治”を狙いやすいと考えられています。

【ステージによって大きく変わるグループ】
・胃がん
・大腸がん
・肺がん
・子宮頸がん など

ステージ I〜II で見つかれば治癒を目指せますが、
III〜IVでは一気に厳しくなります。

【今もなお難治とされるグループ】
・膵がん
・胆道がん
・悪性脳腫瘍(膠芽腫)
・一部の進行肺がん など

ここは、治療成績が良くなりつつあるとはいえ、
依然として5年生存率が一桁〜10%台にとどまることも多く、
「難治がん」と呼ばれます。

ただし、膵がんでもステージ0〜Iのごく早期に見つかれば
5年生存率が60〜80%台というデータもあり、

「どのがんか」以上に
「どのステージで見つかったか」が、実はとても重要

という現実も見えてきています。

第4章 がん治療の基本3本柱+新しい治療のポジション

がん治療の“骨格”は今も昔も、

  1. 手術
  2. 放射線治療
  3. 薬物療法

の3本柱です。ここに近年、

・免疫チェックポイント阻害薬
・高精度放射線、陽子線・重粒子線
・BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)
・光免疫療法

といった“新顔メンバー”が加わってきました。

── 手術:物理的に取り除くいちばん確実な方法 ──

・胃がん・大腸がん・乳がん・肺がん・子宮がん・膵がん など、
多くの固形がんで「根治を目指すメインプレーヤー」
・早期がんでは、内視鏡手術や腹腔鏡手術、ロボット支援手術など、
体への負担を減らしながら精密な手術が行われています。

── 放射線治療:見えない“ビーム”でがん細胞を壊す ──

・X線や電子線を当て、がん細胞のDNAを傷つけて分裂できなくする治療
・前立腺がん、頭頸部がん、早期肺がん、子宮頸がんなどで根治を目指すほか、
骨転移の痛みを和らげるなど、症状緩和にも用いられます。
・近年は IMRT(強度変調放射線治療)や SBRT(定位照射)が普及し、
正常な臓器を守りつつ、がんに高線量を集中できるようになってきました。

── 薬物療法:抗がん剤から分子標的・免疫薬へ ──

ひとくちに「抗がん剤」と言っても、今は大きく4つに分かれます。

・従来型の抗がん剤(細胞障害性抗がん薬)
・分子標的薬(特定の分子スイッチを狙う薬)
・ホルモン療法(乳がん・前立腺がんなど)
・抗体薬物複合体(ADC)

がん種とサブタイプに応じて、

「どの薬をどの順番で使うか」
「手術や放射線とどう組み合わせるか」

を決めていきます。

── 免疫療法:免疫の“ブレーキ”を外す ──

免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ・ペムブロリズマブなど)は、
がんを攻撃しづらくしている免疫のブレーキを外し、
本来の免疫力を回復させようとする薬です。

・肺がん
・胃がん
・腎がん
・悪性黒色腫
・ホジキンリンパ腫

など、多くのがんで「生存期間の延長」が示され、
20〜30年スパンで見ると“がん治療の革命”の一つと評価されています。

── 新しいモダリティ:エネルギー×分子標的の時代へ ──

・高精度放射線(IMRT・SBRT)
・陽子線・重粒子線
・BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)
・光免疫療法(近赤外線免疫療法)

といった治療は、

「どこに」「どのくらい」エネルギーを与えるか
+「どこに薬を集めるか」を精密に組み合わせる

という発想の治療です。

このシリーズでは、第3〜6回でこれらの特徴と違いを丁寧に解説していきます。

第5章 “治りやすい”がんに共通する3つのポイント

がん種ごとの細かい数字より、
ここでは「治りやすい方向にあるがんの共通点」を押さえておきます。

── ポイント1:検診や画像で早期に見つかりやすい ──

・乳がん(マンモグラフィ・超音波)
・大腸がん(便潜血検査+内視鏡)
・子宮頸がん(細胞診・HPV検査)

などは、症状が出る前に検診で見つけられることが多く、
ステージ I〜II の段階で治療に入れるため、治る可能性が高くなります。

── ポイント2:治療の選択肢が多く、効く薬が複数ある ──

乳がん・前立腺がん・一部の血液がんなどでは、

・手術・放射線・薬物療法を組み合わせやすい
・有効な分子標的薬やホルモン療法が複数ある

ため、「効かなくなったら別の薬に切り替える」選択肢が多く、
長期生存を実現しやすい環境が整っています。

── ポイント3:がんの“性格”がおだやか ──

・増殖スピードが比較的ゆっくり
・転移しにくい
・グレードが低く、正常細胞に近い

といった性質の腫瘍は、
時間的な余裕があるぶん、治療の組み立てがしやすくなります。

甲状腺がんの一部や、低グレードの脳腫瘍などが代表例です。

第6章 “治りにくい”がんに共通する壁とは

一方で、「難治がん」とされるがん種には、いくつかの共通したハードルがあります。

── 壁1:症状が出にくく、見つかったときには進行している ──

膵がん・胆道がんなどは、

・お腹の張り・食欲低下・背中の痛みなど
「他の病気でもよくある症状」で進んでしまう
・検診で見つけやすいマーカーや検査がまだ発展途上

という事情もあって、ステージ III〜IV で見つかることが少なくありません。

── 壁2:臓器の場所が悪く、手術・放射線が難しい ──

膵臓や胆道は、

・太い血管
・肝臓・胃・十二指腸 など

重要な臓器に囲まれており、切除範囲や放射線量に大きな制約があります。

悪性脳腫瘍では、そもそも「脳を大きく削る」ことができないため、
顕微鏡レベルで細胞を残さず取りきることが難しくなります。

── 壁3:細胞の増え方が速く、再発しやすい ──

小細胞肺がんや膠芽腫などは、

・抗がん剤や放射線には一旦よく反応する
・しかし治療が終わると短期間で再燃する

という“スプリンター型”のがんです。
こうしたがんでは、治療のわずかなスキマにがんが一気に増え、
全身に広がってしまうことがあります。

── 壁4:使える薬がまだ少ない/効き方が限定的 ──

新しい薬の開発が進んではいるものの、

・膵がん・胆道がん・膠芽腫 など
→ 「決定打」と言える分子標的薬がまだ限られている
・遺伝子変異の種類が多彩で、一つの薬で広くカバーしにくい

といった事情も、「難治がん」と呼ばれる背景にあります。

第7回・第8回では、これらのがんを個別に取り上げて、

・典型的な経過
・現在の標準治療
・新しい治療・臨床試験の方向性

を、ケーススタディ形式で丁寧に解説していきます。

第7章 「再発」とどう向き合うか

── 再発の3つのパターン ──

一度治療がうまくいったあとに、

・同じ場所に戻ってくる → 局所再発
・近くのリンパ節に現れる → リンパ節再発
・肝臓・肺・骨・脳などに現れる → 遠隔転移

こうした“再び姿を現したがん”を総称して「再発」と呼びます。

背景には、

・画像検査では見えないほどの少数のがん細胞が残っていた
・抗がん剤や放射線に強いタイプだけが生き残り、あとから増えた
・元々の体質・環境が変わらず、新たに別のがんが発生した

など、いくつかのパターンがあります。

── ctDNA・MRD:目に見えない“残り火”を探す試み ──

最近は、血液中を流れるがん由来DNA(ctDNA)を解析して、

・目に見える腫瘍がなくなったあとにも“残り火”がないか
・画像より早く再発のサインを捉えられないか

を調べる研究(MRD=微小残存病変の評価)が進んでいます。

これが実用化されてくると、

・「再発リスクの高い人だけ、術後治療を手厚くする」
・「リスクの低い人には、あえて追加治療を減らす」

といった“オーダーメイドの治療強度調整”が可能になると期待されています。

第8章 5年生存率と「完治」のあいだ

── よくある誤解:数字は個人の運命ではない ──

・5年生存率が高い = 必ず治る
・5年生存率が低い = 5年以上生きられない

という理解は、どちらも極端です。

5年生存率は、あくまで

「過去の患者さんの集団データを平均した数字」

であって、目の前の“ある一人”の経過をピタリと言い当てるものではありません。

・5年生存率が高いがんでも、残念ながら再発する人はいる
・一方で、難治がんでも平均を超えて長く安定されている方もいる

ということは、医療現場で日常的に経験する現実です。

── がん種によって違う「完治に近づくタイミング」 ──

・乳がん・大腸がんなど:
 → 「5年を過ぎると再発リスクがかなり低くなる」と考えられることが多い
・ホルモン依存が強いがん(乳がんの一部・前立腺がんなど):
 → 10年以上かけてゆっくり再発することもあり、長期フォローが重要
・肝細胞がん・頭頸部がんなど:
 → 元の臓器に“新しいがん”が生じやすく、長い目での監視が必要

このように、「5年生存率」と「完治に近づく目安」は、
がん種ごとに少しずつ違います。

医師が「治る可能性は高いと思います」「長く付き合うタイプです」といった表現をするとき、
その背景には

・統計でわかっている傾向
・患者さん個々の年齢・体力・合併症
・がんのステージやサブタイプ

といった要素を総合して考えた“見立て”があります。

第9章 このシリーズで目指すこと

がん治療の現場では、

・「治ること」を最大限目指す
・それが難しい場合は「長く安定して暮らせること」を目指す
・さらに進んだ局面では「痛みや苦しさをできるだけ減らすこと」を最優先にする

といった、いくつものゴール設定がありえます。

患者さんやご家族が、その時々で

・医師の説明の意味を理解し
・自分たちにとって大事な価値観に沿った選択をする

ためには、「がん治療の地図」が頭の中にあるかどうかが、とても大きな差になります。

この「がん治療の理解入門から基礎シリーズ」では、

・第2回:手術・薬物・免疫療法と「再発」のメカニズム
・第3回:放射線治療の基礎(X線・IMRT・SBRT)
・第4回:陽子線・重粒子線治療の特徴と適応
・第5回:BNCT入門(ホウ素中性子捕捉療法)
・第6回:光免疫療法入門(EGFR陽性頭頸部がんを中心に)
・第7回:難治がんケーススタディ①(膵がん・胆道がん・肝がん)
・第8回:難治がんケーススタディ②(卵巣がん・膠芽腫・小細胞肺がんほか)

という流れで、「治りやすさ/治りにくさ」の背景を一つずつほどいていきます。

次回・第2回では、

・手術・抗がん剤・免疫療法の役割分担
・「なぜ再発が起こるのか?」をもう一歩踏み込んで整理

していきます。

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この記事は Morningglorysciences チームによって編集されました。
本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、具体的な診断・治療方針については必ず主治医とご相談ください。

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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