【特集】中国ファーマの国際ディール最前線(2019–2025):① がん領域(ADC/二重特異/免疫/細胞治療)

本編は「初心者でも背景から実務の要点まで一気に理解」できることを狙い、まずは主要ディールの導入表で全体像をつかみ、その後にモダリティ別の勝ち筋、地域分担(ex-China等)の意味、M&Aによる機能内製化、さらに“よくある疑問”まで丁寧に整理します。(最終更新:2025-09-19)


目次

導入表:主要ディール(がん)2019–2025

中国側相手先資産/コードモダリティ適応領域契約タイプ/地域規模(公表値)時期
AkesoSummit(米)Ivonescimab(PD-1×VEGF)二重特異抗体NSCLCほかグローバル/ライセンス前払~、総額最大数十億$級2022–2023
Kelun-BiotechMerck/MSD(米)複数ADCADC固形腫瘍グローバル/束ねライセンス最大90億$級2022–
DualityBioBioNTech(独)DB-1303/DB-1311ADCHER2+ほかグローバル/独占前払1.7億$+里程金2023
InnoventRoche(スイス)IBI3009(DLL3-ADC)ADCSCLCほかグローバル/独占前払8,000万$+最大10億$2025
HansohGSK(英)HS-20089(B7-H4-ADC)ADC婦人科がんなど中国除く独占前払1.85億$+最大15.25億$2023–
JunshiCoherus(米)Toripalimab抗PD-1NPCなど米国共同展開米FDA承認 2023
HUTCHMEDTakeda(日)Fruquintinib小分子(VEGFR)CRCほか中国除く全世界前払4億$+最大7.3億$2023–
GracellAstraZeneca(英)GC012F等細胞治療腫瘍/自己免疫M&A最大約12億$買収完了 2024
NovatimRadiance(米)KY-0301(nano-ADC)二重特異ナノADC固形腫瘍海外独占前払1,500万$+里程金2025

1. 「中国×がん」が伸びた真因:分業・集積・実装

がん領域で中国発ディールが増えた背景は、しばしば「コストが安い」「登録が速い」といった表層で語られます。実務的にはもう少し立体的です。第一に分業の明確化。購買力・規制接続・HTA交渉の練度に勝る欧米大手がex-Chinaの規制・商業を担い、中国側はドラッグハンティング(標的探索~PoC)初期臨床で強みを発揮します。第二に集積の相乗効果。ADCや二重特異抗体などの“勝ち筋”を知る研究者・CRO・CMOが密に存在し、前臨床→IND→初期臨床→CMCスケールが短距離化。第三に実装の上手さ。ex-China条項の設計や、共同運営委員会での意思決定ガバナンスを早期から“型”に落とし、臨床・CMC・商業の三面最適を実現しやすくなっています。

2. モダリティ別の「勝ち筋」を丁寧に把握する

2-1. ADC(抗体薬物複合体)

ADCは標的×リンカー×ペイロード×DARの設計ゲームです。中国勢はB7-H4、DLL3、HER2低発現、TROP2などの標的多様性を押さえ、ペイロードでも拓展(例:TOP1系)を試みています。ディールの成否を分けるのは、肝毒性・骨髄抑制・ILDなどクラス毒性の予見と管理計画。治験では前治療ラインの定義と併用戦略の早期設計が実務のキモです。

2-2. 二重特異抗体(bsAb)の実装論

二重特異抗体は、1) 腫瘍免疫の増強 と 2) 腫瘍微小環境の再構築 を同時に狙える点が最大の魅力です。VEGF x PD-1 型では、免疫抑制性の血管環境を緩めつつ、T 細胞活性を高める二段構えを構築できます。実務では以下の3点が評価の肝になります。

  1. 用量設計と安全性マージン: 2 つの経路を同時に叩くため、免疫関連有害事象のシグナル検出と用量微調整が不可欠。拡大相でのステップアップ設計が有効です。
  2. 併用戦略と前治療ライン: bsAb 単剤での差別化が乏しい場合、化学療法や抗血管新生薬との併用設計がモメンタムを作ります。適応拡張では前治療歴とバイオマーカーで患者層を明確化します。
  3. 外部妥当性: 中国先行データを米欧規制へ橋渡しするため、背景療法や患者特性の差を前倒しで調整。MRCT への移行計画を契約時から描いておくのが安全です。

2-3. チェックポイント阻害薬の位置づけ再考

PD-1/PD-L1 の“単剤差別化”は難しく、組み合わせ戦略が価値の中心になっています。承認済みエビデンスの地理的広がりはパートナー評価を押し上げます。診断・CDx の整備、リアルワールドデータでの有効性・継続性確認も、上市後評価の重要要素です。

2-4. 細胞治療(腫瘍/自己免疫)の現実解

プラットフォーム買収は、製造・品質・コストの統合管理と知財一体化を同時に達成できる近道です。ディールの成否は、1) 工場設計とスケール計画、2) 標準化 SOP と逸脱管理、3) 原価計算と価格戦略 の3点に集約されます。自己免疫への適応拡張では、安全性プロファイルとベネフィットの再定義が鍵です。

3. 地域分担(ex-China など)の経済性を数式で考える

NRDL による国内薬価圧縮を前提に、総 IRR を最大化するには「中国内の迅速な PoC/売上」と「海外の高価格・広域償還」を両立させる必要があります。理想は、1) 中国での初期データ創出と早期販売、2) 海外での MRCT 設計と HTA 対応、3) サプライの冗長化 を同時進行できる体制です。

4. 実務 Tips

  1. ブリッジ設計: PK/PD 同等性、民族差、標準治療差の仮説を早期に共有。必要ならブリッジ試験や RWD で補強。
  2. CMC 監査: ADC は高活性取扱い・封じ込め・交叉汚染防止の監査を厳密に。技術移管は成果物ベースの里程金で管理。
  3. プロトコル運用: アンブレラ/バスケット設計を活用し、失敗枝は早期停止、成功枝は増員・適応拡張。
  4. 価格・償還: ex-China のロイヤルティと売上マイルストンを強化して全体 P&L を最適化。

5. FAQ(よくある誤解の整理)

Q. 中国だから並行アームが“ゆるく”できるのか?

A. 制度は ICH-GCP に整合。並行アームは国際的に一般化した設計で、中国特有の緩さではありません。速さの主因は患者プールと運用機動性です。

Q. ADC の差はどこで生まれるのか?

A. 標的・リンカー・ペイロードの整合、安全性設計、併用戦略の合理性が評価差になります。


次回予告

次回は「② 肥満・代謝疾患」を特集。経口GLP-1や多重作動薬の最新開発、国別HTAを見据えたP3設計、サプライ契約と在庫SLAの実務、そしてNASHや心腎代謝への外挿戦略まで、初心者にも分かりやすく丁寧に解説します。

本記事は Morningglorysciences チームによって編集されました。

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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