Drug Discovery News(創薬ニュース)

標的タンパク質分解を加速する革新技術「BPI」— 結合部位ごとの分解効率を可視化

はじめに

タンパク質の「分解」を薬理学的に操作する――この標的タンパク質分解(TPD)技術は、これまで「創薬が難しい」とされてきた標的に対して新たな可能性を開く戦略として注目されています。Cell Chemical Biology誌2025年7月17日号に掲載された本研究では、TPDの限界を突破する革新的なアプローチが発表されました。それが、遺伝コード拡張と超高速バイオオルソゴナル化学を融合させた「BPI(Bioorthogonal Proximity Inducer)技術」です。

標的タンパク質分解(TPD)とは何か

TPDは、標的タンパク質に結合する分子とE3ユビキチンリガーゼを一つの分子でつなげることで、標的をユビキチン-プロテアソーム系で分解させるという技術です。代表例としてはPROTACや分子糊(molecular glue)があります。現在臨床開発が進むTPD分子の多くは、VHLやCRBNといった限られたE3リガーゼを利用しており、それ以外のリガーゼは未開拓状態です。

また、分解効率は「どの部位で結合が起こるか」に大きく依存しており、最適な結合部位や三者複合体(ternary complex)の形成効率を評価する術が限られていました。ここに本研究の意義があります。

BPI技術とは?—誘導型近接性を「1アミノ酸単位」で評価

本研究では、BPI技術によりE3リガーゼやその他エフェクタータンパク質に反応性アミノ酸(BCNK)を1残基単位で導入し、そこにバイオオルソゴナルに結合可能なBPIプローブを作用させるというアプローチを提案しています。

BPIプローブは、汎用性の高い結合部位(例:JQ1などの既知リガンド)を持ち、プローブと結合したタンパク質を効率的に標的に誘導する設計となっています。これにより、通常必要となる「特異的リガンド開発」が不要となり、結合部位と分解効率の関係を迅速かつ網羅的にスクリーニングすることが可能となりました。

研究成果:VHL・CRBN・UBE2D1を用いた分解評価

この研究では、TPDに関与する代表的E3リガーゼであるVHLおよびCRBN、さらには非E3酵素であるE2酵素UBE2D1にBCNKを導入し、BETタンパク質(BRD2/3/4)の分解効率を定量評価しました。

  • VHL: Asn67にBCNKを導入した場合、BRD4の分解効率(Dmax)が最大69%、DC50は1nMと非常に高い効率を示しました。
  • CRBN: Glu377およびHis353で分解が可能となり、DC50は50nM前後。CRBNはVHLより柔軟性のある近接性を示しました。
  • UBE2D1: E3非依存で分解誘導が可能なことを実証。特にArg90やCys111など、結合部位による分解の違いを定量化できた点は新規性が高いです。

全ての分解はHiBiTタグ付き細胞を用いたルミネッセンス測定により定量化され、プロテアソーム依存性やフック効果(高濃度による活性低下)も検証されました。

本研究の創薬へのインパクト

TPDにおいては、最適な「結合部位」や「出口ベクトル」の選定が成功の鍵とされますが、その評価はこれまで困難でした。BPI技術により、各結合部位の機能性・分解誘導能力をin celluloで迅速に比較できるようになったことで、以下のような利点が生まれます:

  • 複数部位から最適な構造設計が可能=デグレーダーの最適化が迅速化
  • 新規E3リガーゼやE2酵素の機能評価にも応用可能
  • 病態組織特異的E3選択によるオンターゲット毒性の低減
  • DEL(DNA-encoded library)スクリーニングへの展開性

これらは、がん・神経変性疾患・免疫疾患などの創薬における“undruggable target”攻略の鍵となる可能性を秘めています。

今後の課題と展望

本技術は遺伝コード拡張に依存するため、現状ではHEK293などトランスフェクション可能な細胞系に限定されます。今後は安定発現株やウイルス導入法との組み合わせによる拡張、さらにはin vivoでの応用が期待されます。

また、現在のBPIプローブはJQ1をベースとしていますが、他の疾患関連標的への応用も十分に想定されており、標的タンパク質の分解可能性評価プラットフォームとして進化が期待されます。

私のひとこと(所感)

本研究は、「分解できるかどうか」を理論ではなく、実験系として検証できる技術を提供した点で非常に大きな意義があります。特に、従来では不可能だった“どの部位が有効か”の評価を細胞内で行えるようにした点は、創薬設計の前工程において革命的です。BPI技術は、TPD創薬における新たな“起点”となるプラットフォームであり、今後の臨床開発への橋渡しに期待がかかります。

出典:Cell Chemical Biology 202507 Site-resolved assessment of targeted protein degradation

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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