抗体薬物複合体(ADC)は、がん治療の新たな武器として注目を集めています。その中でもHER2を標的とするADCは、ロシュのKadcyla登場から約10年を経て、第一三共とアストラゼネカによるエンハーツの登場で第二次ブームを迎えました。本記事(前編)では、エンハーツが切り拓いた革新と、薬効の観点から見たHER2 ADC競争の行方を整理します。
エンハーツの登場:第二次ADCブームの幕開け
2013年、Kadcyla(トラスツズマブ エムタンシン)がFDA承認を受け、HER2陽性乳がんに新たな治療選択肢をもたらしました。しかし、効果は限定的で、より強力かつ幅広い治療法が求められていました。その壁を打ち破ったのが、エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン、T-DXd)です。
エンハーツはトポイソメラーゼI阻害薬をペイロードとし、高DAR設計と膜透過性によるbystander effectを特徴とします。これによりHER2-highのみならずHER2-low腫瘍にも有効性を示し、乳がん治療の常識を塗り替えました。DESTINY-Breast03試験では、Kadcylaに対し無増悪生存期間(PFS)を22か月延長するという驚異的な成果を記録しています。
Kadcylaの限界とエンハーツとの違い
Kadcylaは微小管阻害薬(DM1)を用いた第一世代ADCの代表例です。一定の効果は認められたものの、bystander effectを欠くこと、またHER2発現が高い腫瘍に限定的であることから、治療対象は狭く留まりました。
一方、エンハーツはbystander effectを最大限に活用し、HER2発現が不均一な腫瘍にも効果を発揮。これが両薬剤の決定的な差となり、エンハーツが「第二次ADCブームの旗手」と呼ばれる所以です。
薬効面での差別化ポイント
- ペイロードの革新:Kadcylaの微小管阻害薬に対し、エンハーツはDNA損傷を誘導するトポイソメラーゼI阻害薬を搭載。
- リンカー技術の改良:腫瘍環境でのみ安定的に薬物を放出し、全身毒性を抑制。
- bystander effect:HER2発現の低い細胞まで薬効を届け、治療対象をHER2-lowへと拡大。
- 治療領域の広がり:乳がんにとどまらず、胃がん、非小細胞肺がんなど固形がん全般に応用。
私の見方:今後の展望(前編まとめ)
薬効面だけを見ても、エンハーツは従来のADCの常識を覆す存在です。Kadcylaはその役割を終えつつあり、新興勢力(BioNTech/DualityBioのBNT323など)が後を追い始めています。しかし、bystander effectと適応拡大を武器としたエンハーツの独走はしばらく続くでしょう。
次回(後編)では、知財面での戦略と特許存続期間、さらに世界各地での過当競争が今後の市場にどのような影響を与えるのかを解説します。HER2 ADC市場の未来を占う上で欠かせないテーマです。








この記事はMorningglorysciencesチームにより編集されました。
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