見分ける力――バイオマーカーと複合診断(画像×転写×コピー数)
治療は「どの患者に、いつ、何を」を見極めてこそ前に進みます。本回は、画像・転写(遺伝子発現)・コピー数(CNV)を重ねた複合診断を入門トーンで地図化します。
目次
今回のゴール(3分で把握)
- 最小セットの分子マーカー(MGMT、EGFR、TERT、PTENなど)を理解。
- GBMらしさのコピー数署名(chr7増加/chr10欠失)とpre-CC署名の意味を掴む。
- 画像(DTIほか)×分子を合わせると何が見えるかを把握。
- 臨床で使える簡易テンプレ(レポート雛形)を持ち帰る。
まずは「必須レベル」の分子マーカー
病理・分子(基礎)
- MGMTプロモーターのメチル化:TMZ感受性の指標。
- TERTプロモーター変異:成人GBMで頻度が高い。
- EGFR増幅/変異:EGFRvIIIなど、増殖シグナルの亢進。
- PTEN欠失:PI3K/AKT経路の活性化に関与。
- IDH:成人一次GBMは多くがIDH野生型。
コピー数(CNV)と署名
- chr7増加/chr10欠失(7+/10−):GBMを示す代表的組み合わせ。
- EGFR増幅(7p)/PTEN欠失(10q)などと連動。
- pre-CC署名:腫瘍“芽”と本体が共有しうる初期変化の目印。
*詳細なパネルは施設で異なります。まずは「MGMT+CNV(土台)+EGFR/TERT/PTEN」の軸を押さえましょう。
転写の“顔”を見る:OPC/AC/MES(Part 5の実装編)
単一遺伝子よりも遺伝子セット(シグネチャ)で状態を捉えます。
OPC-like
細胞周期高DNA合成WEE1感受性示唆
AC-like
代謝適応グリア性状況依存感受性
MES-like
炎症/ECM浸潤性微小環境連動
*状態は連続体。治療や環境で偏りが変わります(可塑性)。
画像×分子=複合診断(Composite Diagnostics)
画像側(例)
- DTI:白質トラクトの方向性→浸潤予測。
- 造影ダイナミクス:血管新生やBBB破綻の示唆。
- テクスチャ解析:異質性(heterogeneity)を数値化。
分子側(例)
- 7+/10−とEGFR/PTEN:GBMらしさと経路活性。
- pre-CC署名:SVZ“芽”の寄与度。
- OPC/AC/MES署名:可塑性の方向性。
読み解きの型
| 所見 | 仮説 | 治療設計の示唆 |
|---|---|---|
| DTIで主要線維束に沿う拡がり | 浸潤経路の存在 | 抗浸潤(ECM/接着)+増殖抑制の二面作戦 |
| 7+/10−+EGFR増幅 | 増殖/シグナル優位 | 放射線・TMZ土台+(試験で)経路抑制を検討 |
| pre-CC署名高 | “芽”の寄与が大きい | 早期介入・微小環境(MIF–CD74)併用を前提に |
| MES様署名優位 | 浸潤・耐性寄り | ECM/接着・場の制御を強化(+細胞周期) |
| MGMTメチル化あり | TMZ感受性示唆 | 標準治療のベネフィット期待(TTF含む適応で) |
注意点(ピットフォール)
- 検体品質:腫瘍内不均一性で結果がぶれます(再発時は再評価を検討)。
- 画像の歪み:浮腫・壊死でDTI等は誤差増。複数モダリティで補完。
- 署名の移ろい:治療で偏りが変わる(可塑性)。縦断評価が重要。
- 地域差:検査アクセス・解釈体制に国差(Part 8で整理)。
一旦のまとめ
- MGMT+CNV(7+/10−)+EGFR/TERT/PTENが土台。
- OPC/AC/MES+pre-CC署名で“顔”と“芽”を同時に読む。
- 画像×分子の複合で「誰に・いつ・何を」を設計する。
私の考え
私は、「土台(MGMT・CNV)→顔(OPC/AC/MES)→芽(pre-CC)→場(MIF–CD74)→経路」の順で読み解き、少ない手数で多様性を包摂する組み合わせを引くべきと考えます。次回(Part 7)は、この“読み”を前提に、世界の開発状況をモダリティ別にマップします。
Morningglorysciencesチームによって編集されました。
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