前編では、HER2 ADCの薬効面での差別化とエンハーツの革新性について解説しました。後編となる本稿では、各社の知財戦略、特許存続期間の優位性、そして世界で進む過当競争の実態を掘り下げます。最後に、私自身の視点から「HER2 ADC市場の未来像」についても触れます。
知財面での差別化:特許が握る市場の行方
ADC市場において薬効と並んで重要なのが知的財産権(IP)です。どれほど薬効が優れていても、特許による独占権を確保できなければ市場競争力を維持できません。
エンハーツは独自のペイロード(DXd系トポイソメラーゼI阻害薬)とリンカー技術を特許で強固に保護しており、少なくとも2030年代前半まではグローバルで独占力を維持するとみられます。また、適応拡大に応じた用途特許により、さらに延命が可能です。
一方でKadcylaは主要特許の満了が進み、バイオシミラーの参入が迫っており、エンハーツとの差は埋めがたい状況となっています。
新興勢力と特許戦略
BioNTechとDualityBioが共同開発するBNT323/DB-1303は、Kadcylaと同じHER2抗体を利用しつつ、リンカーとペイロードの改良によって新たな特許ポートフォリオを構築しています。特許の存続期間は2035年以降に及ぶ可能性があり、エンハーツ以降の「第二世代ADC」として市場に切り込もうとしています。
さらに、欧米のバイオテック各社は免疫修飾性ペイロードやDNA損傷薬など新規モダリティを取り入れ、2040年代まで有効な特許を確保する動きを加速させています。
世界的過当競争の現場
HER2 ADCは現在、世界中で20種類以上が開発中です。アジア勢(特に中国)はKadcylaやエンハーツの特許満了を狙い、低コストの国産ADCでシェアを奪おうとしています。一方で、欧米大手は特許による独占を武器に、グローバル市場での優位を確立しようとしています。
差別化の鍵となるのは、安全性(特にILDなどの重篤副作用管理)と併用療法戦略です。単剤での勝負から、免疫チェックポイント阻害薬や抗VEGF抗体との併用へと、競争は新たな段階に突入しています。
私の見方:今後の展望
HER2 ADC市場は今、まさに群雄割拠の時代を迎えています。
エンハーツは薬効と特許の両面で当面は覇権を維持するでしょう。しかし、新興ADCが台頭し、各社が知財防御と適応拡大で熾烈な競争を繰り広げる中、市場は「エンハーツ一強」から「複数強者の競合」へと移行する可能性があります。
私の見立てでは、この競争の焦点は次の3点に集約されます:
- HER2-lowを超えて、HER2発現が不均一な固形がんへの挑戦
- 安全性を確保しつつも高効率なペイロード設計
- 併用療法を通じた治療パラダイムの刷新
この「HER2 ADC戦国時代」は、患者にとってはより多様で強力な治療オプションを意味します。次の主役が誰になるのか、臨床試験の一つひとつが世界の注目を集める舞台となるでしょう。
後編の結論として言えるのは、HER2 ADCはもはや単なる抗体治療の延長ではなく、「未来のがん治療を形作る主戦場」であるということです。









この記事はMorningglorysciencesチームにより編集されました。
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