要点まとめ
- 2021-22年に承認された sotorasib(Lumakras / Amgen)と adagrasib(Krazati / Mirati→BMS)は、 「undruggable」とされてきた KRAS の G12C 変異を直接標的とする初の臨床薬。 NSCLC(非小細胞肺がん)の二次以降での承認を皮切りに、 大腸がん、 膵がん、 胆道がん等への適応拡大が進行中です。
- 2026年現在、 単剤の客観的奏効率(ORR)は NSCLC で約 30-40%、 PFS は中央値 5-7 ヵ月程度。 耐性が早期に出現することが臨床上の最大課題です。 主な機序は (1) KRAS switch II ポケット変異(R68S、 H95D/Q/R、 Y96C)、 (2) EGFR / RTK 経路の再活性化、 (3) bypass 経路(NRAS、 BRAF、 MET 等)。
- 現在の臨床戦略は combination therapyに大きく傾斜:(a) KRYSTAL-7(adagrasib + pembrolizumab、 PD-L1 高発現で ORR 63%)、 (b) EGFR 抗体併用(CRC で sotorasib + panitumumab が承認)、 (c) SHP2/SOS1 阻害剤併用、 (d) 化学療法併用。
- 2026年の動向:(1) 1L(一次治療)への前進、 (2) 術前/補助療法での検討、 (3) 耐性後シーケンスの確立、 (4) 非肺がん(CRC・PDAC・胆道)での個別化戦略——が同時並行で進んでいます。
序論——「undruggable」が崩れた瞬間
KRAS は1980年代から知られる代表的なオンコジーンで、 ヒトのがんの約 25-30% に変異が見られます(NSCLC で約30%、 大腸がんで約45%、 膵がんで約90% など)。 しかし、 KRAS は 「undruggable」(標的化不可能)と長らく考えられてきました。 理由:(1) GTP / GDP との結合親和性が極めて高く、 競合阻害が困難、 (2) タンパク質表面に深い疎水性ポケットが少なく、 低分子の足がかりが乏しい、 (3) 細胞内 GTP 濃度が高いため、 競合阻害剤が必要濃度を達成しにくい——等。
2013-14年、 UCSF の Kevan Shokat 研究室が、 KRAS G12C 変異タンパク質の「switch II ポケット」に共有結合(covalent bond)する小分子を設計可能と発見。 G12C は cysteine(システイン)残基を持つため、 acrylamide warhead を用いた共有結合阻害剤の設計が可能でした。 これが Amgen の sotorasib(AMG-510)と Mirati の adagrasib(MRTX849)として臨床開発され、 2021-22 年に FDA 承認されました。
本記事ではこの 2 剤の 2026 年現況、 耐性メカニズム、 そして combo 戦略の進展を整理します。
本論
1. sotorasib と adagrasib の臨床プロファイル
| 項目 | sotorasib(Lumakras) | adagrasib(Krazati) |
|---|---|---|
| 開発元 | Amgen | Mirati(2024 BMS 買収) |
| FDA 承認 | 2021年5月(NSCLC 2L) 2024年(CRC + panitumumab) |
2022年12月(NSCLC 2L) 2024年(CRC + cetuximab) |
| 用法 | 960 mg 1日1回 | 600 mg 1日2回 |
| NSCLC 2L ORR | ~37-41% | ~43% |
| NSCLC 2L PFS(中央値) | ~6.8 ヵ月 | ~6.5 ヵ月 |
| NSCLC 2L OS(中央値) | ~12.5 ヵ月 | ~12.6 ヵ月 |
| CRC(単剤)ORR | ~10% | ~22% |
| 主な副作用 | 下痢、 肝酵素上昇、 悪心 | 下痢、 悪心、 嘔吐、 QT延長 |
| CYP3A 相互作用 | 軽度 | 強い(QT 延長との相互注意) |
2024 年の比較解析(PMC 論文)では、 両剤の有効性は概ね同等、 sotorasib のほうが安全性プロファイルでやや優位とされます。 一方 adagrasib は脳移行性が比較的良好で、 NSCLC の脳転移患者でより有用な可能性が示唆されています。
2. 耐性メカニズム——switch II 変異と RTK 再活性化
2021-25年の臨床研究と分子解析により、 KRAS G12C 阻害剤への 獲得耐性メカニズムがほぼ整理されました。
(A) 標的内変異(on-target resistance):
- switch II ポケット変異:R68S、 H95D / Q / R、 Y96C 等。 これらは sotorasib/adagrasib の結合を阻害
- セカンダリ KRAS 変異:G12C 残基外の追加変異(G13D、 Q61H 等)が同一細胞内で acquired
- KRAS 増幅:標的タンパク質の発現を増やし、 阻害剤の薬剤量を superseed
(B) 標的外変異・bypass(off-target resistance):
- EGFR / RTK 再活性化:これが最も重要かつ頻繁な機序。 KRAS G12C 阻害により下流シグナルが抑制されると、 ネガティブフィードバックが解除され EGFR が上方制御。 結果として bypass 経路を介して RAS-MAPK 経路が再活性化
- NRAS、 HRAS、 BRAF 変異の獲得:野生型 RAS パラログや下流 BRAF が代償
- MET 増幅、 FGFR3 fusion:他の RTK による代償
- EMT(epithelial-mesenchymal transition):細胞表現型の可塑性による回避
(C) 細胞集団の動態:
- persister cell:薬剤治療下でも生存する drug-tolerant persister の存在。 これは可逆的な「休眠状態」であり、 治療中断時に増殖再開
- tumor heterogeneity:クローン構成の変化、 minor clone の選択的増殖
3. 大腸がんでの単剤無効——KRAS G12C のコンテキスト依存性
NSCLC で 30-40% の ORR を示す KRAS G12C 阻害剤が、 大腸がん(CRC)では単剤 ORR が 10% 程度と大きく劣ります。 理由:
- CRC では KRAS G12C 阻害下で EGFR が即座に再活性化される(NSCLC より顕著)
- 結果として、 KRAS G12C と EGFR の 同時阻害が必要
- 2024年、 NEJM「Sotorasib plus Panitumumab in Refractory Colorectal Cancer with Mutated KRAS G12C」(CodeBreaK 300 試験):sotorasib + panitumumab で ORR 26% / PFS 5.6 ヵ月 vs sotorasib 単剤 ORR 9% / PFS 4 ヵ月(標準療法 vs より顕著な PFS 延長)
- 同様に adagrasib + cetuximab(KRYSTAL-1 拡張)は ORR 46%、 これも単剤を上回る
- 2024年に FDA が両剤の CRC 用法を combo 形式(panitumumab/cetuximab 併用)で承認
これは「同じ KRAS G12C 変異でも、 がん種によって耐性経路が違う」という重要な教訓です。
4. 一次治療への前進——KRYSTAL-7
NSCLC 一次治療(1L)への前進は、 免疫チェックポイント阻害剤(ICI)との併用を中心に進んでいます。
KRYSTAL-7(Phase 2、 BMS):
- 治療歴のない(treatment-naïve)advanced NSCLC(KRAS G12C 変異)に adagrasib + pembrolizumab を投与
- PD-L1 TPS ≥50% で確認 ORR 63%、 PD-L1 TPS 1-49% で 49%、 PD-L1 <1% でも 36%
- これは標準的な ICI 単剤や ICI + chemo の歴史的成績を上回る数値
- 毒性は管理可能、 ただし adagrasib + ICI の肝毒性は要注意
sotorasib + ICI も Phase 2-3 で並行開発中で、 こちらも有望データを示しています。
5. 他の併用戦略——SHP2、 SOS1、 化学療法
耐性回避を目的とする他の併用戦略:
- SHP2 阻害剤との併用:SHP2(PTPN11)は RTK の下流アダプター。 阻害により RTK→RAS シグナルを上流で遮断。 RMC-4630(Revolution Medicines)、 BBP-398、 JAB-3068 等が KRAS G12C 阻害剤との併用で開発中
- SOS1 阻害剤との併用:SOS1 は KRAS の GEF(guanine exchange factor)。 阻害により KRAS の GTP 結合(活性化)を抑制。 BI 1701963(Boehringer)等
- chemotherapy 併用:cisplatin + pemetrexed 等の標準的肺がん化学療法との combo(CodeBreaK 202 等)
- MEK 阻害剤(trametinib 等)併用:下流の MEK を同時阻害。 ただし毒性管理が課題
- 放射線療法との併用:放射線増感作用、 oligometastatic 設定
6. バイオマーカーと精密医療——ctDNA と分子スクリーニング
KRAS G12C 阻害剤の臨床応用では、 分子診断が治療成功の鍵です:
- NGS:腫瘍組織の包括的シーケンス(KRAS、 NRAS、 BRAF、 EGFR、 MET、 ALK、 ROS1 等の同時評価)
- ctDNA / liquid biopsy:血漿中の循環腫瘍 DNA から KRAS G12C を検出。 治療開始判断、 耐性出現モニタリングに有用
- PD-L1 IHC:ICI 併用適応判断
- MSI / TMB:CRC で重要
- 分子的耐性プロファイリング:耐性出現後の re-biopsy / liquid biopsy で、 switch II 変異・bypass 経路を評価し、 次の治療選択を導く
7. 適応拡大の動向——非肺・非大腸がん
- 膵がん(PDAC):KRAS 変異の約 90% を占めるが、 G12C は約 1-2% のみ(圧倒的に G12D / G12V が多い)。 sotorasib/adagrasib の PDAC G12C 効果は限定的
- 胆道がん(biliary tract):G12C は数%。 small Phase 1-2 で探索中
- 子宮内膜がん、 卵巣がん、 食道がん等:症例数は限定的だが、 NGS スクリーニングで G12C 陽性例を集約する basket trials が進行
8. 安全性管理——肝毒性・QT 延長・薬物相互作用
- sotorasib:肝酵素上昇(AST / ALT)が比較的多く、 ICI 併用で増悪傾向。 適切な投与中断・減量プロトコルが必要
- adagrasib:QT 延長、 CYP3A 強阻害剤との相互作用。 ECG モニタリング必須、 併用薬調整重要
- 消化器症状:両剤共通、 多くは管理可能だが、 投与中断・減量を要する場合あり
- CRC コンテキスト:anti-EGFR 抗体併用での皮膚毒性(座瘡様発疹、 爪囲炎)のマネジメントが重要
私の考えと今後の展望
KRAS G12C 阻害剤は 「undruggable」のドアを開けた歴史的な薬ですが、 単剤での効果には限界があり、 combination therapy が次の主戦場になっています。 2026 年時点では、 (1) NSCLC 1L での ICI 併用、 (2) CRC での anti-EGFR 併用、 (3) PDAC での化学療法併用——という枠組みがほぼ確立しました。
第1に、 NSCLC では KRYSTAL-7 のような ICI 併用が標準を変える可能性がある。 PD-L1 高発現での ORR 63% は、 既存の ICI + chemo 標準(ORR 50-55%)を超え得る数値です。 ただし安全性、 1L vs 2L の最適配置、 サブグループ層別化の確立が必要。
第2に、 CRC では anti-EGFR 併用が必須であることがほぼ確定。 これは KRAS G12C のコンテキスト依存性という普遍的教訓を示しており、 G12D・G12V・pan-KRAS でも同様の context-specific な戦略設計が予想されます。
第3に、 耐性後シーケンスはまだ未確立。 next-line として SHP2 / SOS1 併用、 別の KRAS G12C 阻害剤(next-generation)、 immunotherapy への切替等の選択肢があるが、 ベストシーケンスのエビデンスは2026年現在も不足。
第4に、 G12D・G12V・pan-KRAS という次のフロンティアが、 第2回テーマです。 Revolution Medicines の zoldonrasib・daraxonrasib が、 G12C で築かれたフレームワークの上に新しい景色を開きつつあります。
初〜中級者の視点
「KRAS(ケイラス)」は、 がんに非常に深く関わる遺伝子です。 ヒトのがんの 4 分の 1 から 3 分の 1 で、 この遺伝子に変異があります。 ところが長い間、 「この遺伝子は薬で標的にできない(undruggable)」と考えられてきました。
2021 年、 ようやく KRAS の G12C という特定の変異に対する薬(sotorasib、 商品名 Lumakras)が承認されました。 続いて 2022 年に adagrasib(Krazati)も承認。 これは「治せないと言われていたがんが、 ついに薬で攻められるようになった」という歴史的な瞬間でした。
ただし問題は、 すぐに耐性が出現すること。 数ヵ月でがん細胞が薬を回避する仕組みを獲得します。 そこで、 他の薬と組み合わせる「コンビネーション療法」が次の主戦場になっています。 KRYSTAL-7 試験では、 免疫チェックポイント阻害剤と組み合わせると、 PD-L1 陽性患者の 63% で腫瘍が縮小という結果が出ました。
本シリーズでは、 KRAS 創薬の最前線を 3 回に分けて見ていきます。 第2回はもっと難しいとされてきた G12D・pan-KRAS の攻略、 第3回は競合プレイヤーマップです。
科学ライターの視点
KRAS G12C 阻害剤の sotorasib(Lumakras)と adagrasib(Krazati)は、 「undruggable」のパラダイムを破った歴史的薬剤として 2021-22 年に FDA 承認。 NSCLC 二次治療で ORR 約 30-40%、 PFS 中央値 5-7 ヵ月。 耐性は早期出現し、 主機序は switch II ポケット変異(R68S、 H95、 Y96C)と EGFR / RTK 再活性化。 CRC では単剤 ORR 約 10% にとどまり、 anti-EGFR 抗体併用(panitumumab、 cetuximab)が必須——CodeBreaK 300、 KRYSTAL-1 拡張で確立、 2024 年 FDA 併用承認。 1L 戦略は ICI 併用が中心で、 KRYSTAL-7 は PD-L1 ≥50% で ORR 63% を示し、 既存 1L 標準を上回り得る数値。 SHP2、 SOS1、 chemo、 MEK 阻害剤、 放射線との組合せが Phase 2-3 で並行展開中。 ctDNA / liquid biopsy による耐性モニタリングが精密医療実装の鍵。 G12D・pan-KRAS への展開は第2回で詳述。
専門家の視点
sotorasib(AMG-510、 Amgen、 FDA 2021/05/28)と adagrasib(MRTX849、 Mirati→BMS、 FDA 2022/12/12)の switch II covalent inhibition は KRAS G12C cysteine 残基への acrylamide warhead 共有結合に依拠(Shokat lab 2013-14)。 NSCLC 2L での single-agent ORR は CodeBreaK 100 で 37.1%(sotorasib)、 KRYSTAL-1 で 42.9%(adagrasib)、 PFS 中央値 5-7 ヵ月、 OS 中央値 12-13 ヵ月。 CRC での anti-EGFR antibody 併用必要性は、 KRAS G12C 阻害下での EGFR feedback re-activation により confirmed——CodeBreaK 300(NEJM 2024、 sotorasib + panitumumab)で ORR 26% / PFS 5.6 ヵ月、 KRYSTAL-1 expansion(adagrasib + cetuximab)で ORR 46%。 2024 年 FDA 併用承認。 KRYSTAL-7(adagrasib + pembrolizumab、 1L NSCLC):PD-L1 TPS ≥50% で confirmed ORR 63%、 既存 1L SOC(pembro + chemo ORR ~50-55%)を超え得る。 主要耐性機序:(1) on-target switch II 変異(R68S、 H95D/Q/R、 Y96C;Awad et al.、 NEJM 2021)、 (2) EGFR / RTK / SHP2 reactivation、 (3) MET amplification、 (4) NRAS / BRAF / FGFR3 bypass、 (5) drug-tolerant persister phenotype、 (6) EMT。 SHP2(RMC-4630、 BBP-398、 JAB-3068)、 SOS1(BI 1701963)、 MEK(trametinib)、 chemo combinations が Phase 2-3 で展開。 Liquid biopsy / ctDNA による longitudinal molecular monitoring(Guardant360 CDx 等)が耐性 surveillance に実装中。 G12D(zoldonrasib RMC-9805)、 pan-RAS(daraxonrasib RMC-6236)、 KRAS degrader 等の next-frontier は Vol.2 で詳述。

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