シリーズ:がん悪液質を読み解く — 超入門から最前線まで|第4部

何が壊れている?— ヒト研究で読む食欲・代謝・脂肪・筋

第4部は「舞台裏」。マウスだけでなくヒトのデータを手がかりに、食欲中枢・全身代謝・脂肪・骨格筋で何が起きているのかを、臨床像とつなげて解説します。第3部のフェノタイプ(脂肪先行/筋先行/混合)を、機序の側から読み解き直します。

目次

やさしい要約(3点)

  • 食欲のブレーキ(GDF15–GFRALなど)+炎症が、摂食低下と代謝シフトを同時に進める。
  • 代謝の傾き(糖新生↑・インスリン抵抗性↑・ミト機能↓)が、合成<分解のネット効果を生む。
  • 脂肪のリポリシス筋の蛋白分解の相互強化が、体組成の崩れと機能低下を加速する。

1) 食欲中枢:なぜ「食べられない」のか

ヒトでは、血中バイオマーカーとしてGDF15(MIC-1)が高く、延髄領域のGFRAL受容体系を介して食欲抑制・悪心傾向を起こす所見が積み重なっています。視床下部のメラノコルチン系(POMC/AgRPバランス)の乱れ、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α)による神経炎症、レプチン抵抗性グレリン低反応も示唆されます。

  • 臨床のつながり:食欲・吐き気スコアが悪い群ほど体脂肪(SAT/VAT)低下が先行しがち。
  • 試験仮説:GDF15高値+食欲低下優位群で、抗GDF15や悪心対策強化が有効に働く可能性。

2) 全身代謝:燃料の向きが変わる

肝の糖新生亢進、骨格筋・脂肪でのインスリン抵抗性、そして安静時エネルギー消費の上昇(一部)というヒト所見が報告されています。安定同位体トレーサーやPET/CTでは、肝グルコース産生↑末梢グルコース取り込み↓脂肪酸動員↑が観察され、ミトコンドリアの効率低下(膜電位↓・ROS↑)が合成側を押し下げます。

臨床のつながり:空腹時血糖やHOMA-IRの上昇が、筋量低下倦怠と連動するケース。栄養だけで押し返しにくい背景です。

3) 脂肪組織:リポリシスが先に走る

ヒトの皮下脂肪・内臓脂肪では、ATGL/HSL経路によるリポリシスが方進し、循環遊離脂肪酸が上がります。ブラウニング(白色脂肪の褐色化)はヒトでは一定せず、むしろ「量の喪失」が主要因であることが多い印象です。カテコールアミンや炎症の持続が、この動員を駆動します。

  • 臨床のつながり:CTでSAT/VATが先行して落ちる患者は、食欲スコア悪化・悪心を伴うことが多い。
  • 介入示唆:悪心対策+エネルギー補充(食事設計・経口補助)を優先し、消費>供給の差を早期に詰める。

4) 骨格筋:分解が勝ち、合成が負ける

生検や循環指標から、筋ではユビキチン–プロテアソーム(MuRF1/Atrogin-1)オートファジーの上昇が観察され、対してmTORC1経路は炎症・エネルギー不足で抑制されがち。ミト機能低下(複合体活性↓・PGC-1α低下)やナノ損傷の修復遅延、神経筋接合部の脆弱化も示唆されます。

臨床のつながり:CTでのSKM低下+筋放射減弱は、立ち上がりや階段の悪化に直結。
介入示唆:レジスタンス運動+蛋白強化(EAA/ロイシン)で「合成側」を底上げ。疼痛・睡眠・低活動を同時に是正。

5) 腸・肝・腫瘍とのクロストーク

  • 腸内環境:腸管バリア低下・微生物叢変化→LPS経由の全身炎症がIL-6上昇とリンク。
  • 肝:腫瘍負荷や炎症で糖新生↑、脂質代謝の再配線→末梢の燃料不足を増幅。
  • 腫瘍由来因子:サイトカイン、エクソソーム、場合により古典的PIF様活性の報告も(ヒトでの再現性は限定的)。

6) バイオマーカー:だれが「どの型」なのか

現場で使える候補として、CRP/IL-6GDF15アルブミンレプチン/アディポネクチン比インスリン感受性指標などの組み合わせが検討されています。これらをCT体組成・機能・PROと束ね、食欲抑制優位/炎症優位/代謝抵抗性優位などの表現型クラスターに落とし込むのが次の一歩です。

7) フェノタイプと機序を結ぶ「対応表」(実務版)

脂肪先行型

  • GDF15高値/食欲スコア低い
  • SAT/VAT先行低下
  • 第一手:悪心・食欲対策+エネルギー密度アップ、経口補助導入

筋先行型

  • 炎症・インスリン抵抗性寄り
  • SKM低下・筋放射減弱
  • 第一手:レジスタンス運動+蛋白強化、疼痛・睡眠是正、必要時は薬物併用

混合型

  • CRP/IL-6高く倦怠強い
  • 脂肪・筋が同時に下がる
  • 第一手:多職種で同時多発、症状緩和と栄養・運動を“先に回す”

※薬物は第5部で整理。ここでは「どの機序に当たるか」を意思決定の入口に。

8) 図で理解する「悪液質の因果ループ」

  • 中枢:GDF15–GFRAL → 食欲↓/悪心↑
  • 末梢:肝糖新生↑・脂肪リポリシス↑・筋分解↑・ミト効率↓
  • 炎症:IL-6/TNF-α → 中枢・末梢を強化
  • 帰結:食事↓+合成↓+分解↑ → 体組成↓ → 機能↓ → 活動↓ → さらなる悪化

このループ上のどこを止めるかが介入設計の肝です。

私の考察

「体重減少」という結果を追うより、フェノタイプ×機序を早く同定するほうが有利です。例えばGDF15高値・食欲スコア低下・SAT/VAT先行低下の組み合わせは、中枢ドライバー優位を示唆し、悪心対策・エネルギー補充を“先に回す”意味が大きい。一方、CRP/インスリン抵抗性が前面に出てSKMが先に落ちるなら、炎症・代謝軸への介入(疼痛・睡眠・活動度の是正を含む)が優先です。ヒトの所見を軸に、「どの歯車を止めるか」を素早く決める——それが現実的な勝ち筋です。

次回予告

第5部は「今日からできる対処— 栄養×運動×抗炎症+既存薬のリアル」。外来ワークフロー、食事・運動の処方、アナモレリンやオランザピン等の使いどころを、実装目線でまとめます。

編集:Morningglorysciences

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この記事を書いた人

大学院修了後、米国トップ研究病院に留学し本格的に治療法・治療薬創出に取り組み、成功体験を得る。その後複数のグローバル製薬会社に在籍し、研究・ビジネス、そしてベンチャー創出投資家を米国ボストン、シリコンバレーを中心にグローバルで活動。アカデミアにて大学院教員の役割も果たす。

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